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5月8日、63歳の夫が脳梗塞で緊急入院、一度は命が危ないと言われ、左半分は麻痺となった。9月の退院と言われつつ、7月の末には、歩けるようになり、4階にある我が家へ自分の足で歩き退院し帰宅した夫。
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いつもとすると、今朝は食欲がないように思います。
表情も動作もいつもの通りですが・・・
ディサービスに元気に出かけました。

ディサービスの方からも
マスク着用と自宅での検温のお願いと
対応が書かれてものを文書でいただきました。
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【2020/02/27 10:00】 | 未分類
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朝夕、新型コロナウィルスのニュースが・・
ほとんどテレビを見ている夫が
「3月から、ディサービスにマスクをせんといかん
 せんと実費になる」と・・・

要約すると3月から必ずマスク着用で
してない時はこちらでマスクを用意し、実費をもらいます」と
言うことらしい。

今朝、「お父さん、マスクをして行ってね」と言うと
「3月からやっど」と
「でもあるから、して行った方がいいよ。」というと
いつもは、「めんどくさか」と嫌がる夫が
素直にマスクをして行きました。

ディサービスの方々も夫もコロナウィルスに
感染する人が誰もいませんように。

【2020/02/27 09:19】 | 未分類
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「あなたがたは、そんなに、
 一時間でも、わたしといっしょに
 目をさましていることができなかったのか。
 誘惑に陥らないように、目をさまして、祈っていなさい。
 心は燃えていても、肉体は弱いのです。」
         マタイの福音書26章40・41節


十字架にかかる前、
イエス・キリストは
ゲッセマネの園で
血のような汗を流して祈られました。

その時、
そのみそばに
主イエスが連れて行かれたのが
ペテロとヨハネとヤコブでした。
彼らは
イエスが苦しみ悶えながら
祈り悲しんでいる時、
石を投げて届くところにいました。
しかし眠りこけてしまったのです。

主イエスは
彼らのところに戻ってきたとき
言われたのです。

「あなたがたは、そんなに、
 一時間でも、わたしといっしょに
 目をさましていることが
 できなかったのか。
 誘惑に陥らないように、
 目をさまして、祈っていなさい。
 心は燃えていても、肉体は弱いのです」と。

一時間、祈ることを主イエス求めましよう。

最初は
一時間祈り続けるのは
難しいかもしれません。

少し祈ると祈ることが
出てこなくなるかもしれません。

でも、
イエス・キリストを信じたとき、
主イエスと共に
聖霊様があなたのうちに
住んでくださっています。

その聖霊様が
祈りをあなたに
教え導いてくださいます。

だから
とにかく一緒にいて
あなたを捨てず離れない
主イエスと共に
目を覚ましていましょう。

必ず一時間祈れるように
聖霊様が導き、
主イエスがしてくださいます。

そして、
一時間祈れるようになったとき、
あなたは祈りが
こんなに答えられるのかと驚くでしょう。

イエス・キリストが
あなたにとって
生きて働かれるまことの神として、
とても身近にいる方になられるでしょう。

「聖書って、こんなにおもしろい!」より

【2020/02/26 15:00】 | 未分類
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彼らはペテロとヨハネとの大胆さを見、
またふたりが無学な、普通の人であるのを知って驚いたが、
ふたりがイエスとともにいたのだ、
ということがわかって来た。
           使徒の働き4章13節


ペテロとヨハネは
正式に学問を受けたことはありませんでした。
それで無学な、普通の人と言われています。

無学というのは
バカなという意味ではありません。
ただ正式には
学問を学んだことはなかったのです。
当時の人としては普通のことでした。
普通の漁師だったのです。

でも彼らが
イエスと共にいたということは
はっきりしていました。

イエスと共にいた、

だから彼らを通して
いやしと奇跡が起こっていました。

人々は彼らは無学な普通の人ではあるけれど、
イエスと共にいたのだということを知っていました。

イエスと共にいる、
それがいやしと奇跡のポイントでした。

私たちも
イエスといつも共にいるなら、
いやしと奇跡が起こるのです。

そして、
イエス・キリストは
信じる者と共に
いつもいてくださるのです。

さぁ、恐れずに
手を伸ばしていやしを行い、
神がなされる奇跡の業に預かりましょう。

「聖書って、こんなにおもしろい!」より

【2020/02/26 14:00】 | 未分類
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『受けるよりも与えるほうが幸いである』
         使徒の働き20章35節


先日、アフガニスタンで殉教?した
ペシャワール会の中村哲さん、
アフガニスタンを愛し、
彼らのために人生を使い、
医療から初めて
その限界を感じて白衣を脱ぎ、
用水路を作って
砂漠に緑を回復させ荒地に水を流し、
人々に生活を取り戻された方です。
テレビの報道などで
一躍有名になられました。

でも彼がクリスチャンであったことは
そこまで知られていないようです。

彼には、
目の前にいた痛んだ人を
放っておけなかったのでしよう。

そして自分にできることを
与えて行ったときに、
あのように多くの人を生かす
素晴らしい人生になったのだと思います。

イエス・キリストを信じることは、
生き方を変えます。

受けること
自分が豊かになること、
自分が祝福されること、
それを求める人生から、

与えること、
人々を生かすことを願い
与える人生へと変えられていきます。

そして
その生き方は
多くの人を祝福し、
その人自身にも
喜びを与えてくれるのです。

その喜びは誰も奪えません。

命を奪ったテロリスト達も
彼の喜びを
奪うことはできませんでした。

彼は永遠に生き
永遠の喜びを持っていたからです。

「聖書って、こんなにおもしろい!」より

【2020/02/26 13:30】 | 未分類
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