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5月8日、63歳の夫が脳梗塞で緊急入院、一度は命が危ないと言われ、左半分は麻痺となった。9月の退院と言われつつ、7月の末には、歩けるようになり、4階にある我が家へ自分の足で歩き退院し帰宅した夫。
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御国が来ますように。
ルカの福音書11章2節後半

イエスさまが弟子たちに教えられた「主の祈り」は、
まず「父よ。御名があがめられますように」と祈った後、
さらに続けて、こう祈りなさいと主は言われました。
「御国が来ますように」
これは天で御心が行われるように、
このサタンが支配している地上でも、
父なる神の御心が行われるように祈りなさいと言われたのです。

つまり、神が完全に治められて、
神の完全な支配が現されるようにということです。
支配というと日本人は悪いイメージを持ちますが、
そういう意味ではありません。
愛である憐れみに富んでおられる神さまの
最善にして最高の御心が、
この地上に現されてくるようにということです。

聖書のまことの神様は、
私たち一人一人を命をかけて愛して下さっています。
この上もない最高の愛で、愛して下さっています。
ですから、この方の御心がなる時、
必ず一人一人に
最善にして最高の御業と導きが与えられるのです。

ですから、そのことを祈った上で求める時、
求めた通りのものが与えられる時もあれば、
求めたこととは違う導きが現される時もあります。
しかし、それこそが実はその人にとって最善なのです。

私たちは自分にとって
何が一番良いかをよくわかっていません。
でも神様は知っておられます。
そして
その一番良い最高のものを与えてくださり導いてくださるのです。

だから「御国が来るように」と祈り、
それから求めるのです。
とはいえ、思わずも主に向かって、
心から求めたり、助けてと叫ぶとき、
主は順番が違うなどとは言わず、
その心の叫びと求めを聞いてくださいます。

安心して求め叫んでください。
ただ毎日の祈りの生活の中で、
この「主の祈り」を、
その意味の深さを知って心を込めて祈る時、
より大きな神の愛と恵みに預かることができるのです。

「聖書って、こんなにおもしろい」より
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【2019/07/16 18:30】 | 未分類
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父よ。御名があがめられますように。
      ルカの福音書11章2節前半

弟子たちがイエスさまに祈りを教えてくださいと言った時、
イエスが弟子たちに教えられたのが「主の祈り」です。
この祈りは全世界で最も祈られている祈りでしょう。

この「主の祈り」の最後の方に
「試みに合わせないで悪よりお救いください」
という助けを求める叫びにもにた祈りも出てきます。
私たちは日常生活の中で、
困難に出くわすと「あれを何とかして下さい」とか
「この病気を直してください。この困難から助け出してください」
「この苦しみを、これ以上放っておかないで救って下さい」
というように祈ります。

もちろん神さまは、
これらの祈りをしっかり聞いて答えてくださいます。
でも、この「主の祈り」では、
それらを祈る前にまず、
こう祈りなさいと言われたのです。

「父よ。御名があがめられますように」と。
つまり天におられる父なる神に目を向け、
その神の御名、
つまり神の実質である神の愛(アガペー)、
聖(きよさ)、真実(裏切ることなく偽ることがない)、
恵みと憐れみに満ちておられる等々が、
あがめられ、ほめたたえられるようにと。

求めて叫ぶ前に、
まず神に目を向けて、
神ご自身の素晴らしさをほめたたえなさい
と言われたのです。

確かに、神に目を向け、
神ご自身をほめたたえる時、
私たちの内側に信仰が与えられてきます。

なぜなら、神をほめたたえている、
そのことは真実であり、
その言葉は神の言葉なので、
私たちの内側に力強く働いて信仰を生み出すからです。

例えば、主は聖なる方という時、
それは真実な神の言葉です。
そのことを心から主である神に向かって祈る時、
その主の聖さ、
神の聖が私たちの内に注がれてきて、
私たちの内に信仰を生み出していきます。

どんな困難にぶつかっていても、
きっとこの方なら助けてくださる
という信仰が与えられてくるのです。

主をほめたたえる前に、
主よ助けてくださいという時、
私たちは目の前の状況にばかり目がいき、
神に不可能はないと思いながら、心の中で、
これは無理かもしれないという不信仰が起こってきます。

でもまず主に目を向けて、
主をほめたたえる時、
目の前の状況を神の視点で見て、
主の眼差しで祈ることが出来るようになるのです。

「聖書って、こんなにおもしろい」より

【2019/07/16 17:49】 | 未分類
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目を覚ましていなさい。堅く信仰に立ちなさい。
男らしく、強くありなさい。
いっさいのことを愛をもって行ないなさい。
コリント人への手紙 第二16章13・14節

終わりの時代、多くの誘惑と惑わしが起こってきています。
イエス・キリストは何度も
「目を覚ましていなさい」と言われました。

パウロもコリントの教会の人々へ、
手紙の最後にしっかりと目を覚まして、
堅く信仰に立つことを勧めています。

堅く信仰に立つとは、
みことばにしっかりと立つ、
みことばに根を下ろして、
人の言葉や価値観、周りの状況や環境に
振り回されるのではなく、
神様の与えられた言葉、
神の言葉である聖書の言葉に
しっかりと心を定めて歩むことです。

眼に見える状況や人の言葉によってではなく、
変わることのない神の言葉にしっかりとたち、
男らしく強く、
つまり主イエスに信頼し、
動じないでいることです。

そして、神の言葉に従って、
いっさいのことを愛をもって行いましょう。


「聖書って、こんなにおもしろい」より

【2019/07/16 15:00】 | 未分類
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まむしのすえたち。

おまえたち悪い者に、どうして良いことが言えましょう。

心に満ちていることを口が話すのです。

良い人は、良い倉から良い物を取り出し、

悪い人は、悪い倉から悪い物を取り出すものです。

私はあなたがたに、こういいましょう。

人はその口にするあらゆるむだなことばについて、

さばきの日には言い開きをしなければなりません。

あなたが正しいとされるのは、あなたのことばによるのであり

罪に定められるのも、あなたのことばによるのです。

マタイ 12 : 34 ~ 37

今日のデボーションより
主よ。語ることばを守って下さい。
人の徳を高めることばを出しますように。
そのために神のことばで心が満たされますように。

【2019/07/16 14:28】 | 未分類
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今日は、真夏日?
朝から暑い日差しが・・・・・

早天祈祷会から帰ってみると
ディサービスへ行く準備をしていました。
何時もは靴下もはかさないといけない時があるのですが
今日は自分でできたようです。

心も体もその時その時、違うようです。
いきているので当たり前ですが・・・・
体も心も守られ良い時を過ごせますように。

【2019/07/16 14:10】 | 未分類
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