5月8日、63歳の夫が脳梗塞で緊急入院、一度は命が危ないと言われ、左半分は麻痺となった。9月の退院と言われつつ、7月の末には、歩けるようになり、4階にある我が家へ自分の足で歩き退院し帰宅した夫。
退院してから夫は趣味がないこともあって殆ど
家の中で過ごしている。外に出るのも散歩と
礼拝に行くときだけ・・・・
しかし、少しは動かないといけないと思っている
のだと思います。私が帰ってからするからと言って
行くのだが、帰って見ると洗濯をして干してある時が
ある。「ありがとう。」と言いながらどっちが助け手
かわからないなあと思ってしまった。
また、うっかり者の私は洗濯して取り入れてあった
洗濯物を勘違いして又洗ってしまい夫に「信じられん。」と
あきれ果てられてしまった。本当に今は私の方が助けられて
いる。主よ。真の夫の助け手になれるように、祈る者に
なれるように失敗も益に変えて下さる主にどんな事も
感謝できるように整えて下さい。
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【2012/10/31 09:00】 | 未分類
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夫が病気をしてから時間がゆっくり流れるようになりました。
以前はバタバタと時間に追われていた様な気がします。
時間を気にしながら家事をやっていると、「お前の頭の中は
教会の事しかないんだろう」とよく怒られました。
夫の方が忍耐していてくれたのだと思います。病気になって
から、午後から時間を貰い家に帰り夫と過ごすようになり、
時間がゆっくりながれだしたように思います。
話すにも夫は時間を要します。話したい事がすぐ言葉となって
出て来ないからです。ゆっくり待ち、ゆっくり聞く心が必要です。
私達夫婦にはそれが必要でした。特に私には・・・・・
心を定めて向き合い話しを聞くことがなく、価値観の違いや、話しても
理解して貰えないという思い込みが私の方にあったと思います。
今少しずつですが、ゆっくり聞けるようにして下さっています。
時間的にも、心も、ゆとりを持って聞けるようになると今迄気が
つかなかった事を知り見えなかった事が見えるようになります。
神様にはもっともっとそうなのではないだろうか。
心を向けてゆっくりと向き合い神の語っておられる事を聞くことが・・
主よ。下さった今日という一日をあせらずに大切に用いあなたの
語っておられる事を正確に聞けますように、そして夫の心の叫びも
聞きあなたに祈れますように助けてください。

【2012/10/30 09:30】 | 未分類
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私達夫婦はどちらも九州育ちです。
夫は典型的な亭主関白で、私もそれが当然と思っていました。
ですから、並んで歩くという事はあまりありませんでした。
妻は三歩下がって歩くというのが当たり前の環境で育ってたので
なにしろ九州の鹿児島ですから・・・
今は同じ三歩さがって歩くのでも意味がちがいます。
夫が転んだりつまずかないように、三歩下がって歩いています。
しかし神様はどんどん癒して下さって三歩さがって歩かなくても
並んで歩けるようにして下さりつつあります。

【2012/10/29 09:00】 | 未分類
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神の思いは私達の思いをはるかに越えた方
私達の考えた事もないことをなされる方
夫はとても短気でせっかちでした。
手も早く言うと同時に手がとんでる事もしばしばでした。
神は不思議をなさるお方で、今回の病気を通して
一つの言葉を出すのでもゆっくりしか出ません。
動作も機敏にまだ動けません。しかしその事を通して
考える力を下さっているような気がします。
後遺症が全く消え話す時は
人々を励まし、たて上げる神の言を、
弱っているいる人に助けを差し伸べる手に
主が変えて下さる事を信じて祈っています。
何故なら神は全ての事を益として下さるお方だから・・

【2012/10/28 09:45】 | 未分類
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聖書に夫婦は一体であるとあります。
しかし今迄育ってきた環境も性格も価値観も
違う者が共に生きていくにはいろんなぶつかりや
問題が生じます。私達夫婦にもいろんな事があり
ました。ある時非常に悲しい事が起こりました。
本当にどうしたらいいかわからない。もう駄目か
もしれないと思いました。
その時主は「赦しなさい」と言われました。主に
すがり、その事が思い起こされる度に「赦し」を
宣言し続けました。そしてこの事も主は必ず益と
して下さいますから感謝しますと心から祈れた時
主は教えて下さいました。夫婦は一体であると
夫が犯した罪はあなたの罪でもあると
又あなたの犯した罪は夫の罪でもあると・・だから
十字架の元にきて祈りなさいと・・
夫が傷つけばあなたも傷つき、あなたが傷つけば
夫も傷ついていると、なぜなら一体であるからと
そして思いました。
キリストの愛があったから
十字架の愛があったから
人知をはるかに越えた愛があったからだとこれは
人知をはるかに越えたキリストの愛でなければ
赦すことなど人にはできません。キリストの元に
いく時、十字架の元にいく時キリストの愛が流れ
でて赦しのみ業が、人にはできない赦しのみ業が
始まります。キリストの十字架の愛があったから
私達もここまでくることができました。
「人知をはるかに越えたキリストの愛を知ることが
できますように。こうして、神ご自信の満ち満ちた
さまにまで、あなたがたが満たされますように。」
               エペソ3:19

【2012/10/27 09:00】 | 未分類
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礼拝の賛美の時、今迄はソファーに座ったままでした。
しかしこの頃は立って手を叩く所は叩いてだんだん馴染んで
きているようです。チャペルコンサートにも誘うとくると
言う状況でした。でも今度は何か違っていて自分の方から
明日のチャペルコンサートに行くと・・・・
賛美を通してもゆっくりゆっくり夫のペースに合わせて
働いて下さっているようです。
どんな声で夫は賛美するのでしょうか。
手をあげ心から主をほめたたえる時を待ち望んでいます。

【2012/10/26 09:34】 | 未分類
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脳梗塞を起こした夫には食事制限があります。
酒、煙草は勿論ですが、特に塩分は制限されています。
しかし、若い時から肉体労働をしているので体が塩分
を欲し塩辛い物に慣れ味の濃い物が好みとなっていました。
特に漁師をしている時は仕事を終え、履いていた長靴を
ひっくり返すと、溜まった汗がジャーと流れてくるんだぞ
信じられるかとよく言ってました。
それ位過酷な仕事だったのだと思います。それゆえ体の方が
塩辛い物に慣れていて食事療法もなかなかです。
今日も食事の準備をして食べるだけにしてあったのですが
私が席を立った間に何やらごそごそと冷蔵庫から出しています。
みて見るとお漬物を5~6切れ小皿に入れています。
「お父さん、そんなに駄目だよ。せめて2切れそれでも多い
くらいなんだから・・・」と言うといたずら坊主がいたずらを
見つかって「しまった!」という顔で「エヘへ・・」と笑って
います。主よ。心も体も十字架の愛で変えられますように。

【2012/10/25 13:30】 | 未分類
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本当に主は憐れみ深いお方です。
後からわかった事ですが夫は脳梗塞になる前に頭が少し
フラッとしたそうです。それが日曜日でした。
私は早朝礼拝から教会にいたので全然わからず娘の「今日
のお父さん、ずーと寝てばかりいるよ。」とメールがあり
家に様子を見に帰りました。声かけると返事はあり今までも
泥酔してそういう状態があったので様子を見ることにしたのです。
あきらかに変だと気づいたのは、トイレに行くというので立たせ
ようとするのですが足に力が入らず立てないのです。
すぐに救急車をと思ったのですが「いや、まず祈ろう。早天祈祷
に行って祈ろう。そして病院に行こう」と思い教会に行きその朝の
デボーションから「彼に信頼する者は失望させられることがない」
ローマ9:23とみ言葉をもらい救急車を呼びました。あきらかに
私のミスでもっと早く夫の状態に気づくべきだったのです。
しかし、本当に憐れみ深い主は、失敗した私にも、夫にも目を留めて
いて下さり病院の方々もまわりもびっくりする程の回復をして下さい
ました。遠方から見舞いに来てくれた姉達も(二人とも看護師でした)
リハビリで歩いている夫を見てびっくりしていました。
私は妻として失格でした。もっと目を注ぎ関心を示していたら早期
発見できたと思います。しかし主はそんな私の失敗をも許し私達夫婦に
目を留め続けて下さっていました。
左半身麻痺の夫が、車椅子だった夫が、3ヶ月で歩き階段を上がって
教会に、礼拝に来ています。
本当に憐れみ深い愛の主に心から感謝します。

【2012/10/24 13:00】 | 未分類
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夫が脳梗塞で倒れ、今日までの事を振り返って感じる事がある。
私達には無駄と思えることや、回り道と思えることが人生の中で
出てくる。しかし神の思いと私達の思いは遥かに違う。
ひとりの女が高価な香油をイエス様の頭に注いだ時、弟子達は
「何のために、こんなむだなことをするのか。」と言った。
イエス様は「この女が、この香油をわたしのからだに注いだのは
わたしの埋葬の用意をしてくれたのです。」と言われた。
夫の人生、私の人生の中にも無駄と思える事や、あれがなければと
思う失敗、回り道ではと思うことがたくさんある。
しかし、どんな事をも神の計画のなかにある。
脳梗塞にならなくてもよい道はあったかもしれない。しかし私達
夫婦には夫が脳梗塞になって得たもの、気づかされた事がたくさん
ある。なによりもこんな穏やかな夫を見ることはなかっただろう。
夫婦の回復ももっと遅かっただろう。
私達の目には無駄と思う事や回り道と思う事、思い出したくない
辛い事がある。しかしその背後に神様の計り知れない計画がある。
失敗も益として下さる神の計画が・・・・
あせらずに主を待ち望もう。夫の人生を約束の神の言を信じて
イエス様の愛のみ手に委ねよう・・・・
わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っている
からだ。-主の御告げー
それはわざわいではなくて、
平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるための
ものだ。  エレミヤ29:11

【2012/10/23 09:21】 | 未分類
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昨日の礼拝メッセージは、イエス様が弟子達に
「向こう岸へ渡ろう。」と言われた箇所でした。
十数年前、イエス様の事を話し「お父さん、イエス様の
弟子達は漁師が多かったんだよ。」と言うと、
「二度と言うな!」と怒鳴りました。その夫が今、礼拝
にきて漁師であった弟子達の事を、イエス様のなされた
み業を聞いています。真剣に・・・
本当に神様は不思議をなさる方です。
み言葉に「イエスは、このように多くのたとえで、彼らの
聞く力に応じて、みことばを話された。」とありますが、
その聞く時がきたのでしょうか。
全能なる主が、全てをご存知の主がどのような方法で夫に
ふれて下さり弟子達のように、すぐに従えるようにして
下さるのでしょうか。なんだかワクワクしてきます。

【2012/10/22 09:00】 | 未分類
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先日は1ヶ月1度、病院へ行く日でした。
午後より雲一つない秋晴れの中、二人で他愛もない事を
話しながらバスを待ちました。
神様は不思議をなさる方です。こんな穏やかな気持ちで
暖かいひだまりの中で空に目を向け木々に目を向け
夫と話せるなんて思いもしませんでした。夫が船に乗って
いた事もあって一緒にいる時間も少なく、価値観の違いや
いろんなすれ違いの中で、中々こういう時はありませんでした。
夫はよく言っていました。お前とはどこまで行っても平行線
だと・・・しかし神様は病気を通して私達を変えて下さいました。
夫が教会に、礼拝に来るようになり会話が増えてきました。
なによりも夫が穏やかになり声を荒げる事が殆どなくなりました。
神様は不思議な方法をもって夫婦間をも癒して下さっています。

【2012/10/21 09:45】 | 未分類
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2度目の危機は以前少し書きましたが、
「お前の信仰に俺はついていけない。神をとるか。
俺をとるか。」と迫られた時です。
私はイエス・キリストが共にいて下さらなかったら
生きていけませんでした。何故なら若い時、失恋を
通して「人の愛はむなしい」という事を知ったからです。
愛を求めて求めて挫折してそして、イエス・キリストの
十字架の愛を知った時「人を愛する」という事がどういう
事であるかわかったのです。そしてイエス様に、この方に
ついていきたいと思いクリスチヤンになりました。
イエス様の愛がなかったら、夫を受け取ることも、子供達
を育てる事も出来ませんでした。イエス・キリストの十字架の
愛と神の言がなかったら生きていけませんでした。
夫に「私からイエス・キリストを取ったら、たとえ生きていた
としても生ける屍と同じだ」と言いました。
夫は怒りながら1年様子をみよう、しかし俺は絶対帰ってこんぞ!
お前は俺の気性を知っているだろう!と・・・主は私に語って
下さっていました。「あなたの夫を人間をとる漁師にしょう。
夫はあなたの元に必ず戻す。」と・・・
神は真実なるお方です。神は語られた(勿論、吟味は必要ですが)
通りに成就される方です。半年後に私達家族の元に帰して下さいました。
暫くして、新しい命を、三人目の子供を与えて下さったのです。
38歳でしたが、生み出す力も与えて下さいました。
人間をとる漁師にしよう。と言われた神の言を信じて今も祈っています。

【2012/10/20 09:05】 | 未分類
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16日で夫は64歳を迎えました。結婚して39年になります。
ここまで来るには何回か危機がありました。
私がクリスチヤンになって間もない頃、何かの事で口論となり
「もう、お前とはやっていけない。別れよう!」と・・・
私はその時「別れるなら別れてもいい。あなたは私と別れて
きっと後悔するから、私みたいにあなたに仕えている妻は
いないのだから」と心の中で叫んでいる自分にハッとしたのです。
私は何と言う傲慢だろう。今迄こんな気持ちでいつも夫に接して
きたのではないだろうか。家族のために海の上で働いている夫を
心から喜んで「お帰りなさい。」と迎えた事があったのだろうか
と・・その時お風呂に入っていた夫が「おーい!背中を流せ!」と
呼びました。私は申し訳ない思いでいっぱいでした。
心の中で「000さん、ごめんなさい。いたらない妻でした。今度は
いい人を貰ってください。7年間ありがとうございました。」という
思いを込めて背中を流しました。自分の愚かさのゆえに、一緒に住んで
下さいと言えなかったのです。
風呂から上がって来た夫の前に正座して「大事な話しがあります。」
というと夫は「もういい。わかったらそれでいい。やり直そう。」
と言いました。後から後から涙があふれました。
イエス様を信じて間もない私でしたが主は私達夫婦に目を注ぎ守り
続けて下さいました。32年前のことです。

【2012/10/19 09:00】 | 未分類
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夫は教会に来る事を通してどんどん癒され笑顔になっていきます。
それは皆さんが必ず声かけをして下さるからだと思います。
いつもは私はお昼から時間を貰い家に帰っているのですが、今
断食祈祷中で、時間が遅くなったり食事の準備をして夜の祈祷会
出たりしているので、夫には申し訳ないのですが、どうしても
夫一人の時間が多くなります。帰ると眉間に皺を寄せている夫が
「お父さん、ごめんなさい。遅くなって・・・」というと顔が
ニコッとなって表情が全く変わります。
一言声をかけるだけでこんなにもちがうのかと思える程です。
病んでいる人、痛んでいる人、孤独な人、これらの人に
一言声をかけるだけで一変していく。まして十字架の福音を
十字架の愛の言が語られたらもっと人々は変わっていく。
十字架の言が入るために、堅い心が耕されるためにも
堅い土が耕されて種が蒔かれるように、更に更に声かけを
夫婦の会話を取り戻そう。

【2012/10/18 09:00】 | 未分類
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昨日夫は、64歳の誕生日を迎えました。
主は本当に真実なお方です。
私達、夫婦にも何度も危機がありました。しかし
神の言によっていつもいつも助け守って下さいました。
その主に祈ります。
「憐れみ深いイエス様。あなたのみ名を褒め称えます。
夫をここまで守り育んで下さった事を感謝します。
あなたがいて下さらなかったら私達家族はとうにバラバラに
なっています。どん底の時、もう這い上がれない底なし沼だ
と思った時も、出口があるのかと思うような真っ暗な闇の中で
あなたは、み言葉の光を入れて手を差し伸べ助けて下さいました。
本当に感謝します。夫の今迄通ってきた人生を全てご存知です。
痛んでいる所も、苦しんでいる所も病んでいる所も、私には
わからなくともあなたはご存知です。私達夫婦を憐れんで下さり
癒して下さい。そして主が望んでおられる夫婦にして下さい。
愛する者、信じる者をすべてを益に変えてくださる主よ。
感謝します。夫の助けのなかで、私はここまでの信仰生活を
することができました。感謝します。夫を祝福して下さい。
十字架の愛を、いっぱいに受けて、命を捨てて愛して下さった
主の愛を信じる事ができますように。
そして、喜んであなたについていけますように。
私も主に仕えるように夫に仕えられますように。
真の一体として下さい。
感謝します。イエス様のみ名によってお祈りします。アーメン」

【2012/10/17 09:09】 | 未分類
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毎週、礼拝に来るようになった夫は、横のソファーに
座らせて貰って礼拝していました。賛美の時も座った
ままでした。先日の礼拝で、ふと会堂を見てみると
賛美の時、立ち上がって手も叩いていました。(まだ、
声を出して賛美はできませんが・・・・)本当に神様は
日々変えていってくださいます。
I牧師のI君は一度我が家に来た事があり、あの子はいい子
だと、気にいり教会でも会うと「おう!ぼうず!げんきか?」
と頭をなでています。帰りがけに靴を履こうとしている所に
CSのM君がそばを通り、その小さな手で夫の手の指をギュッと
握っていきました。夫もギュッと握り返していました。
何か微笑ましい光景でした。
昔の夫には考えられない行動です。子供も近寄っても
こなかったと思います。教会に来るようになり、心も体も
癒されているようです。子供が近くに来れるくらいに・・・

【2012/10/16 09:00】 | 未分類
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毎週一人で礼拝に来るようになりました。
ちょっと回り道でも坂の少ない平地を選んで来ているようです。
途中、教会に来るまでに1~2回バス停や公園のベンチに座り
しばらく休んでくるようです。
夫いわく「天主公園でベンチに座っていたら、あそこのベンチ
には、焼酎缶を持って飲んでいる人が必ずいる」と・・・・
夫はどんな思いでそれをみているのかな・・・・
救われた夫が主が語られた通り「人間をとる漁師」になって
必ずその人達にもイエス様の十字架の愛を伝えにいく者になる
と信じて祈っています。
「俺の親分はイエス様だ。この人について行く」と言う日が
近づいて来ている事を信じて祈っています。

【2012/10/15 09:00】 | 未分類
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私達の群れでは今年度(2011年11月)「喜びの声を上げよ。」と
語られていました。
「彼らが喜びの声、賛美の声をあげ始めたとき、主は伏兵を設けて
ユダに攻めてきたアモン人、モアブ人、セイル山の人々を襲わせた
ので、彼らは打ち負かされた。」Ⅱ歴代誌20:22から・・・
私の教会では早天祈祷会でその事を毎朝やってきました。
教会の事、個人的な事をも、私は「人間をとる漁師にしょう。」
と語られた夫へのみ言葉を告白し、もうそうして下さったと
「喜びの声」を上げ続けてきました。そんな中で夫が脳梗塞を起こした
のです。左半身麻痺になった時、み言葉をとらえちがったのかな?と
思いました。現状では回復するには何年かかるだろう?と思える状態
だったからです。しかし早天祈祷会の恵みで、毎朝喜びの声をあげ続け
ました。そしてそれは私自身を強め、喜びの声をあげる度に現状にのみ
目を向けることなく、神の言に目を向ける助けとなりました。
それがなかったら、不信仰になりここまでこれなかったと思います。
どんな中でも賛美の声を、喜びの声を上げる時主の素晴らしいみ業を
みます。夫の回復は教会の恵みと、喜びの声をあげ、賛美の声をあげる
恵みでもあります。

【2012/10/14 09:00】 | 未分類
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本当に弱さを知ることは素晴らしい事です。
人格も変えてしまうのでは・・・と思う程です。
ある日、私はベランダで洗濯の柔軟剤を入れ替え
ようとしていました。すると、夫が手にハサミを
持って来て差し出したのです。びっくりしました。
以前の夫は縦のものも横にしない亭主関白でテレビ
のチャンネルさえも(以前はリモコンがありません
でした。)「おい!00にかえろ!」と言っていた
人です。
病気になって思うように手足を動かせなくなってから
人の痛みや困っている人の気持ちがわかるようになっ
たのだと思います。本来はやさしさを持っていたのだ
と思いますが生きてきた過程のなかで、だんだん失わ
れたのかもしれません。
それが自分の弱さを知り、神様の愛にふれて、本来の
自分の姿にかえりつつあるのかもしれません。
以前、夫は弱い者が教会に行くのだ。と言っていました。
(その頃は突っ張って生きていて、人を傷つけ自分も傷
ついていました。)しかし、今自分の弱さを知り、それを
認め、神様にすがるとき、神様の業が始まり、神様の下さ
ったやさしさをさりげなくあらわせるようになったのだと
思います。主よ。私達夫婦がもっともっと弱さを知り、
認め、あなたに依り頼み互いに補い合いあなたの働きが
できますように。

【2012/10/13 09:00】 | 未分類
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先日、長崎カリスマ聖会がありました。
弱くされるってとても感謝な事です。
「お父さん、明日、東京から牧師さんが来て聖会が
あって祈って貰えるよ。夜だけど病気のため祈って
もらおう。」「ああ」
「ちょっと、暗くなりかけているけど、一人で来られる?」
「ああ、準備していくよ。」と本当に素直に応じ、びっくりです。
病気を通して本当に弱くされ、子供のように素直になっています。
私は母親ではなく、妻なんだけど・・と思うくらい・・・・
神様は完全に癒し、再び夫としての権威、今度は家長として、夫と
しての権威を正しく用いていけるようにして下さると信じています。
夕方、薄暗くなって初めてのカリスマ聖会にやってきました。
そして、ミニストリーの時、夫婦並んで祈ってもらいました。
脳梗塞の後遺症の癒しと夫婦のために一人一人に片手づつ置き祈って
下さいました。そして「これから二人で祈りなさい。」と・・・
長年その事を願い、祈ってきました。
主よ。共に祈り、共に聖書を読めますように。力を下さい。
「あなたがたのうちふたりが、どんな事でも地上で心を一つにして
祈るなら、天におられるわたしの父はそれをかなえてくださいます。」
                         マタイ18:19

【2012/10/12 09:00】 | 未分類
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夫はリハビリのため近くの公園まで朝夕散歩に出ていました。
ある日「夕方、男の子達が(中学生?)数人いて、一人の子に
何か言っていた。あれはいじめをやってるぞ!昔の俺だったら
なにしとるんや!と怒鳴っていただろう。今はそれができん。
この体では助ける事も、あいつらをやっつける事もできん。
追っかけられても走る事もできん。かえってやられるだろう。
だから声かけできんかった。」と悲しそうに言いました。
そしてその公園をさけて散歩コースを変えていました。
その公園を通るのがつらくなったのでしょうか?
今は思う様に話せず言葉もすうーと出てきません。
しかし主は完全に癒し、
今迄、暴言だった言葉が、イエス様の愛を、神の言を語る者に、
以前は若者達を暴力で鍛え従わせたその手足が、
聖い手を上げて祈る手に
福音を、神の愛のメッセージを伝えにいく足に
なると信じて祈っています。
「男は怒ったり言い争ったりすることなく、どこででも
きよい手を上げて祈るようにしなさい。」Ⅰテモテ2:8

【2012/10/11 09:00】 | 未分類
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夫は本当に、本当に穏やかになりました。
脳梗塞をおこしてから5ヶ月、その間お酒が1滴も
入っていない事も大きいのだと思います。以前は酒に
溺れている状態でしたから・・・・
退院してから1度だけ礼拝にこなかった時がありましたが、
後はずっーと礼拝に出る様になりました。リハビリになる
からと自分で歩いて来ています。
雷の子ヨハネがイエス様のそばにいて愛の人に変えられた
ように、夫もヨハネのように愛の人になりますと告白しつ
づけています。本当に柔和になりました。
特に教会にいる時の顔は、家庭ではみられない顔です。
目には見えませんが確かに教会にイエス・キリストはおら
れます。「教会はキリストのからだであり、いっさいのも
のをいっさいのものによって満たす方の満ちておられると
ころです。」エペソ1:23とあるように・・・
イエス様のふところに抱かれている平安があるのだと思います。
あまりにもここちよくて眠っている時も、時々ありますが、
礼拝に来る度に変えられています。
「教会のきの字もいうな!」と言っていた夫が今は礼拝に
来ているのです。神のみ業をほめたたえます。

【2012/10/10 09:00】 | 未分類
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脳梗塞をおこしていなかったら今の私達の夫婦の回復は
もっともっと遅くなっていたと思います。
脳梗塞の病を通して、夫にも私にも神様の取り扱いがあり、
整えがあり、更に神様を知る時となりました。
夫は左半身麻痺の状態から、自分で歩いて礼拝に来るように
なりました。多くの人々の祈りがありました。
教会は、Tさんが自分の足で階段を上がって礼拝に来れる
ようにと祈っていました。その通りになったのです。
礼拝に来始めの頃は眠っている事もありました。しかしこの
頃は聞いているようで、家に帰ってきて「今度、有料コンサート
をやるといっていたなあ。」とか、教会の事を聞いてきたり、
話したりする事が多くなりました。夫婦の会話が多くなって
きたのです。以前は子供達とちよっと教会の事を離すと、
「うるさい!」と怒鳴っていたのです。
本当に神様は素晴らしいお方です。
主の方法を持って夫を教会に導き夫婦を回復し、共通の話題を
与えて下さっています。
先日のチャペルコンサートにもきたのですが、「あれはいい!」と
言っていました。12月の有料コンサートにもぜひ、行けるように
祈っています。

【2012/10/09 09:00】 | 未分類
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次の仕事を見つけている様でしたが中々見つかりません。
窓から遠くを見ている夫の姿を度々見るようになりました。
本人が一番苦しく、いろいろ考えているのだと思います。
ある日ぽつんと「俺は、もう仕事はやれん。」
「年金生活になるが、いいか?」と、私は「はい。」と答えました。
夫も経済的な事もあり考えたのだと思います。自分で少しづつお酒の
量を減らしていきました。でも完全に止める事はできないようでした。
2カ月に1~2回(年金の入る時だけ)買ってくれと言い飲んでいました。
仕事を辞め、趣味もない人です外に殆ど出ることなく家でぼんやりテレビ
を見て過ごしていました。体重もどんどんふえていきそのような
状況が1年半位続き、今回の脳梗塞をおこしてしまったのです。
しかしそれが神様の計画の始まりとなったのです。

【2012/10/08 09:00】 | 未分類
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そして夫にも警備の仕事が与えられ、バイクで通うようになりました。
しかし、夏は暑い日照りのなか、冬は寒さの中でストレスもたまるようで
お酒の量もふえていきました。止めても「お前に言われると、なお飲みた
くなる。」となかなか減らすことさえ出来ない状況でした。
そんな中、仕事をやり続けるなかで思いもかけない屋内の仕事が廻ってき
それも原爆資料館の警備の仕事です。
私は非常に喜びました。何故ならその頃、教会では礼拝や聖会等に
原爆資料館を使用していたからです。これで少しでも夫が教会に近づいた
ように思えたからです。しかし喜んだのもつかの間、暫くすると上司と
ぶつかり仕事にいかなくなり、会社も辞めてしまったのです。
主よ。感謝します。私の思う通りでなく、あなたのご計画とおりになって
いきますように。

【2012/10/07 09:00】 | 未分類
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夫は一人で大丈夫だろうか?お酒を飲み過ぎないだろうか?
という思いはありましたが、主が導いて下さったのだから、
主が守って下さると主に委ねてパトモスへ出発しました。
群れの祈りの支えによって恵みと祝福を受けて帰国しました。
帰って見ると、家の中が私の居る時よりもすっきり、きれいに
なってびっくりしました。一人ぐらしが快適だったようです。
神の業が起きる前、いろんな事が許されます。
しかし、神を信じていく時、神の言を信じていく時
私達の思いを遥かに超えた神様の計画が開かれます。
主に心を定め、感謝する時、大いなる神のご計画が開かれ、
恵みが祝福が待っている事を教えられました。
主に夫に感謝します。

【2012/10/06 09:00】 | 未分類
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私達の群れでは7月中旬パトモス派遣が毎年導かれていました。
その年の(2008年)パトモス派遣に行かなければ・・という
強い迫りがあり行けるように祈っていました。(経済は0の状況
でしたが)そして三年分の年金が振り込まれ暫くしたある夜、
何故か夫はひどく酔って私を呼びました。
「ここに座れ!おまえを000。」と言い000を突きつけました。
(お酒が入ると人格が変わってしまいます。)しかし、私には不思議
な平安がありました。「いいよ。000たかったら、000ても
イエス様のところへいくだけだから。」とそこに座ったまま目を閉じ
じっとしていました。すると暫く沈黙のあと「もういい!わかった。」
と000をおろしました。私は夫に「お父さん、私の命はイエス様の
もの。だからイエス様が必要としておられるならば、いつでも差し出せ
るようにと思っているけど、それには備えが必要だと思う。そのために
パトモス派遣というのがあり行きたいと思っているんだけど・・」と言うと
「いいよ。行ってくれば」
「行ってくればって、パトモスだよ。ヨーロッパだよ。40万位かかるんだよ。」
「ああ、まだそれ位は出せるだろう。いっていいぞ。」
「エッ!本当にいいの。」「ああ」
あくる朝夫に「お父さん、昨夜の事覚えている?パトモスに行っていいなら
申込みをしないといけないんだけど・・・」
「ああ、いいぞ。いつからいくのか?」と言ったのです。
主をほめたたえました。
主は全てを益として下さり、祈っていたパトモス派遣への道を開いて
下さったのです。教会のI牧師夫妻も導かれ共に行く事が出来感謝しました。
主は私の思いを遥かに超えて最善を成して下さるお方です。

【2012/10/05 09:00】 | 未分類
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感謝の恵みは尽きません。
いろんな状況が許されます。しかしそこで感謝する時
主の恵みが溢れ流れ出ます。経済的にも困難な中、
感謝しつつ祈り求めていました。夫は以前、漁師をして
いたので、船員保険の場合年金が55歳から貰える事が
わかり手続きをとりました。すると何と三年分まとめて
貰える事になったのです。
それは00万円私達が手にした事のない金額でした。
それがわかってから私は祈り始めた事があります。
それは十一献金のことです。私は救われてまもない頃
聖書を通して全収入の十分の一は神様のものである事を
知り十一は神様のものとしてお返ししてきました。
夫は最初、十分の一は他の家庭ではそれが貯蓄となって
いくんだよ!と怒りましたが、それは譲れませんでした。
それは神のものでありみ言葉に「神を愛するとは、神の
命令を守ることです。その命令は重荷とはなりません。」
とあり、又祝福の基でもあるからです。そして本当に必要
な時は主の不思議をもって与えられる事がわかり何も言わ
なくなりました。しかし、今迄は0万0千円でしたが、
何しろ0十万円となります。ですから「きちんと十一献金
できますように。」と祈り始めたのです。最悪の場合は
土下座しても・・・と思っていました。振り込まれる前日
夫は「今、支払わなければならない分を全部書き出せ!」
と言いました。家賃、市税、保険料等滞納している分が
相当ありました。夫は「わかった。それを全部払え、そして
教会に十分の一はいるんだろう。」と夫の方から言ったのです。
びっくりしました。私が土下座しなくても主は夫に働きかけて
下さっていたのです。又夫も今迄の歩みの中で神の助けの手を
見ていたのだと思います。

【2012/10/04 09:00】 | 未分類
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夫はハローワークに行き続けましたが、なかなか仕事が見つかりません。
私は教会の奉仕があり日々充実しているのですが夫は仕事もなく
いつも家にいて辛かったのだと思います。
ある日曜日礼拝が終わって、帰ってみると家に鍵がかかり
チェーンがかかっていて入れませんでした。夫に連絡しても
電話にも出ず開けてもらえませんでした。
その夜は教会に泊めてもらいました。そのような事が数回あり
教会にもあまり迷惑かけてもいけないと思い、ある夜は住居の
ビルの屋上に寝ました。(夏だったので)そしてある日もう
チェーンがかけられないようにはずして隠しました。
次の日曜日の夜、ドアがあきません。今度は家の柱とドアとを
紐でくくり付け開かないようにしてありました。
私は持っていたカッターでその紐を切り家の中に入りました。
烈火の如く怒った夫は(お酒が入っていますので)もうとどめが
ききません。私はされるまま「主よ。感謝します。主よ。感謝します。」
と繰り返していました。そしてその事を思い出す度に、心は痛みましたが
ていねいに感謝しました。そしてある事に気づいたのです。
夫は酒が入ったら自分が妻に暴力をふるう事を知っていて、しかし
自分ではどうする事も出来ない。自分では止められない事を知っていて
だからそれをしないために、私を家に入れないようにしたのではないかと・・
その事に気づかされた時、私は何という愚かな妻だろう。夫の苦しみを
やさしさをわからずに「主よ。夫を赦して下さい。」と祈っていた私。
「主よ。私を赦して下さい。そして、この事が私達にとって益となります
ように。」と祈りました。
感謝の恵みは素晴らしいです。感謝の祈りをしなかったら、夫の傷みも、
やさしさもわからなかったと思います。
深く深く感謝していく時、今迄見えなかったものが見えてきます。
夫はもともと優しい人です。お酒が入ると人格が変わってしまうのです。
本人自身が苦しんでいます。癒し解放して下さるのは主のみです。
その時が近づいています。

【2012/10/03 09:00】 | 未分類
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ある夜、お酒に酔っていた夫が言いました。
「お前に俺の気持ちがわかるか。
 何故、長崎にきたんだろう。
 この4階から何度も何度も飛び降りようと思った。
 だがな、飛び降りようとすると後ろから強く引っ張るものが
 いるんだよ。」と・・・・
「お父さん、それがイエス様だよ。
 イエス様はお父さんに計画を持っておられるんだよ。
 最初から。神の働きをさせようとしておられる。
 私はお父さんの助けをするために先に救われただけ
 イエス様はお父さんを愛しておられるんだよ。
 イエス様はいつもいつもお父さんを見ておられる。                        
 祈ろう。信じる祈りをしょう。」と言う私の手を振りほどき
「いい!」と言いながら泣いていました。
人を救われるのは主だけ。今の夫のすべてをご存知だから
主の時を待とう。神を信じて・・・・・

【2012/10/02 09:00】 | 未分類
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