5月8日、63歳の夫が脳梗塞で緊急入院、一度は命が危ないと言われ、左半分は麻痺となった。9月の退院と言われつつ、7月の末には、歩けるようになり、4階にある我が家へ自分の足で歩き退院し帰宅した夫。
結婚してここまで来れたのは、イエス様がいつも共に
いて下さったから・・・
結婚した時はまだノンクリスチャンだったので、すれ違いや
ずれがたくさんあった。
33歳で私がクリスチヤンになり、それから主は十字架の愛を
知る事を通して十字架の愛を通して夫や子供達を見、愛する、祈る
という事を教えて下さった。失敗をしながら学んだ。
夫は「昔のお前の方が良かった」と言った時もあった。しかし
イエス・キリストの十字架の愛にふれられた私はイエス・キリストなし
では生きていけなかった。
ここまで来れた事を主に、夫に感謝している。
今、共に礼拝出来ていることも・・・
夫も病気を通してプライドが削られ弱くされ、私も今迄夫にして
あげれなかった事を少しずつやれるようになってきた。
夫はさみしい思いをたくさんし、忍耐してくれたのだと思う。
どこかで神様に、教会に逃げていた部分があったから・・・
今やっと向き合うことができるような気がしている。
神様は不思議をもって初めの愛に立ち返らせ主が望んでおられる
夫婦にしょうとして下さっている。心から主に感謝している。
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【2012/11/30 09:00】 | 未分類
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脳梗塞の病を通して神様は夫のプライドを砕かれた。
以前まだ病気にならない時何かの事で長男に「男
だろう!男のプライドというものがあるだろうが・・
」と怒っていた。
私はその時ベランダで洗濯物を干しながらそれを
聞きながら「男も女もプライドなんていらない!ただ
人としてのプライド、神が命を捨てて愛してくださって
いる人格としてのプライドは必要だけど・・・」と
心の中で思った。その時は夫には言えなかったけど・・
夫は病気を通してそのプライドをズタズタにされた。
ベッドから動けず全て排泄も人の手を借りなければ
ならなかったのだから・・・・
しかしそのプライドが砕かれ、ありのままの自分を
受け入れ始めた時、弱さを認め始めた時、変わり始めた。
勿論人としてのプライドは必要だと思う。
しかし、男としてとか、女としてとか、親としてとか
そういうプライドはない方がより真の自由に生きれる
気がする。
夫はプライドが砕かれ変わりました。
本来、夫に与えられた良さが現れ始めています。

【2012/11/29 09:00】 | 未分類
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病気になってから表情が変わると同時に
嗜好も変わってきたように思います。
先日のブログにも書いたように、お鍋に
入れたウインナーを食べれたように・・
以前は干し柿が大好きでした。
先日干し柿をいただいたので「食べる?」
と言うと「いや、いい。」といいました。
暫くして私が食べてるのを見て
「美味しいか?」と聞くので「うん。美味しいよ
甘くて、食べて見る?」と聞くと「うん。」と
いい食べはじめました。
「どうお?」「ああ、美味しいなあ」と言っています。
病気の後遺症で大好きな干し柿の味を忘れてしまったのか、
嗜好が変わってしまったのか、さだかではありませんが
主は全てを益に変え、主が望んでおられる夫になるために
主の方法で造りかえて下さっている事を信じ感謝しています。

【2012/11/28 09:00】 | 未分類
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礼拝の帰りに夫は必ず近くの天主公園で休んで帰る。
足が休まないときついそうだ。
その公園に教会の子供達が礼拝を終え遊びに来て
いるそうだ。子供達の様子を夫が話してくれる。
夫が帰りかけると子供達が「おじちゃ~ん!ばい
ばい。」「0000さん!ばい。ば~い。」と口々に
言ってくれるらしい。
その様子を嬉しそうに話してくれる。
人はこんなにもイエス様によって変えられていくものか
と思う。以前の夫には子供は寄りつく事もできなかった。
もともとはやさしい人なのだと思うが、今までの生き方で
いろんな人生の中で縛られてしまったのだろう。
人はキリストの元に行く時真の自由が与えられ解放される。
もっともっとイエス様によって真の自由にされ、完全に
後遺症もいやされ子供達と一緒に遊べますように。

【2012/11/27 08:52】 | 未分類
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今日のメッセージでわかっているからこそ、
知り尽くしているからこそ・・驚くべき事がある。
と言われたけど本当にそうだ。
私達家族にとっては、夫の、父親の気性を知り尽くして
いるからこそ夫が教会に、礼拝にくる事事態が奇蹟で
神様の業である。ましてや教会にいる時の顔は皆さん
には当たり前の顔でも、私達家族にとっては神の奇蹟の
顔です。これからもいろんな事が許されると思う。
しかし神様に期待して祈り神の奇蹟をみていこう。

【2012/11/25 16:00】 | 未分類
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言葉が自分でもスムーズに出なくてもどかしさがあるようです。
入院している時は一人で歩けるようになりたくて
言葉のリハビリを断った事を少し後悔しているようです。
でも、自分で言っていました。
自分は口が悪いので言葉がスムーズに出ないぐらいが
ちょうどいいのかもと・・・
自分でもわかっているようです。
本当に怒らなくなりました。腹が立っても言葉がすっーと
出てこず怒れなくなったのかもしれません。
しかし目をみればわかります。顔は笑っていても怒っている時は
目がすわって光っていましたから・・・・・
おかげで私もじっくり時間をとって話しを聞くようにされています。
主は全てを益にかえ私達夫婦も造りかえて下さっています。
お互いを認め合って支えあっていくために
主が願われる真の夫婦になるために主の方法で癒しを
行って下さっています。

【2012/11/24 20:44】 | 未分類
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夫が以前麻痺していた左手や左足を使っているのを
身ながら、ふと病院でのことを思い出した。
その時はまだ左手、左足に力もはいら自由に動かす
事ができず、くやしいと動かない手を叩いていた。
私達は健康な時は手足が使える事も、目が見える事も
耳が聞こえる事も当たり前になってしまっている。
しかし病気になったり、不自由になって初めて当たり前
ではない事に気がつきます。
夫は今、日常生活には支障ない程度は手足が動きます。
時々テレビで車椅子の人や、病気の人を見ると涙ぐん
でいる時があります。辛い時の事を思い出しているの
でしょうか。何一つ無駄な事はなさらない神様
この辛さも益として下さって痛んでいる人、苦しんで
いる人々のために祝福して用いて下さいますように。

【2012/11/24 09:00】 | 未分類
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先日の夕食にお鍋をしました。
我が家の鍋には時々ウインナーが入ります。
夫が食べながら言いました。
「以前は鍋にウインナーが入れてあるのを見て
何でこんなもんが鍋に入っているんだ!と思っ
てたけど食べ始めたら美味しいよなあ。」と・・
人は変わります。嗜好さえも・・
人は年をとると共に普通は頑固になりますが
イエス・キリストに出会うと何故か
心が柔らかにされ変えられていきます。
以前、夫と共に働いていた方々が言われました。
その方々はまだイエス・キリストを信じておられない
方々です「ノミさん(夫の事)の性格は絶対変わらん。
変わったら俺らは神を信じる。」と・・・
夫は教会に来て変えられています。今も主によって・・
いかめしい顔が、柔和な顔に
短気で気性の激しい人が、穏やかな人に
もっともっと主にふれられて変えられていくと思います。
迷惑をかけ、傷つけた人々の所にイエス・キリストの愛を
携えて、悔い改めをもって行く時が近づいている事を
信じて祈っています。

【2012/11/23 09:00】 | 未分類
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息子との関係は子供が成長していくにつれ、だんだん
良き関係にして下さっている。
しかし女の子の方はだんだん子供が大きくなるにつれ
良き関係とはいかない。その事を思う時に子供達が幼い
時、それぞれに父として母としてきちんと関わっていな
いとお互いに傷ついたまま成長してしまい修正するのに
ものすごいエネルギーが必要となるような気がする。
しかし感謝かな神を信じる者には
全能なる神に、不可能などない神に、癒し主なる神に
祈る事ができる。娘たちにどのような方法で癒し、父親
との正しい関係にして下さるのか期待して祈っています。
長女がまだ自閉症だった時(今は癒され自立して働いて
います。)みんながわかる言葉を出したのは幼稚園の時
「あなたの父と母を敬え。」という聖句でした。
帰ってきた時は普通に父親と話していますが、夫が脳梗塞
になってからはまだ一度も帰ってきていません。
彼女の深い傷を癒し、父親を父として敬う時が近づいて
きています本当に主の深い深い憐れみを感謝します。
脳梗塞を通して家族の癒しもして下さっています。

【2012/11/22 09:00】 | 未分類
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先日の礼拝に夫はちょっと遅れてきた。
日曜日は私が早朝に(5時)家を出るのでそれまでに
朝食を済ませた夫は再びもう一度寝るので寝過ごした
らしい。それでもシャワーをして来ていた。
夫は服装などにはあまり構わない人です。しかし礼拝に
来るようになってから、夫なりに何か考えるところが
あるみたいで私は何も言わないのですが、シャワーを
して夫なりの外出用の服装できます。
神様は礼拝する事を通して身なりをも整えさせて下さっ
ています。日々の生活の中で無理なく整えて準備して
下さっている神様に感謝します。

【2012/11/21 09:00】 | 未分類
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主は不思議をなされるお方。
主は全能なるお方でいろんな方法をお持ちです。
私達が思いもつかない方法で癒し解放していかれます。
恥ずかしいですが、私は夫が教会に来るようになったら
夫の隣に座るという事がすっーとできるかな?
ちょっと力がいるかなと思っていました。しかし夫が
脳梗塞になり近くに寄り添う事が自然にできるように
なりました。もし元気だったらこうはいかなかった様な
気がします。
気恥ずかしかったり、何かそうできないものが互いに
あったりして素直に並んで座ることが出来なかったと
思います。しかし病気を通して夫に助けが必要でであり
夫自身も自分に助けが必要である事がわかっているので
お互いに隣に座ることが違和感なく出来たのです。
全てのご存知の主は私達も考えもつかない方法をもって
この病気を通して何の抵抗もなく並んで座れるように
して下さいました。
主の計り知れない愛に感謝します。

【2012/11/20 09:00】 | 未分類
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関わるってとても大切な事だと思う。
関わりながら親子であっても他人であっても
傷つく事はあっても愛情が深まっていく。
関わった分だけ・・・・
子供達が小さい時夫は船に乗っていたが故に
子供達との関わりが殆どなかった。特に長男は
そうだったと思う。たまに帰ってくると2~3歳
だった長男はそうっと襖の陰から父親をみていた。
夫も子供と遊ぶという事はあまりなかった。
しかし神様は子供が大きくなり学校を卒業すると
父親と船に乗るという事を通して関わらせ親子関係を
築き上げていかれた。父親の働く姿を見て息子も父親に
たいする見方が変わっていき、夫も息子と関わることを
通して自分の仕事を理解する者が家族にいる。それだけで
何か変わってきたように感じました。
息子が成長するにつけ男同士の会話ができるようになった
のだと思います。
ある方が「年末には息子さんが帰って来られるそうですね。」
と言われると「はい。あいつがいないとさみしい・・」と
言ってました。病気になって気負いも、なにもかも捨て
本当の親子関係というよりお互いに人格を認め合った良き
親子になれるように祈っています。

【2012/11/19 09:00】 | 未分類
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我が家は冬になるとこたつを出していました。
しかし今年は夫と二人でどのような暖房がいいか
話し合いました。エアコンが一番いいのですが・・
とにかくあるものでやろうと言う事になり石油ストーブは
少し不安があったのでハロゲンのストーブにすることに
しました。
随分動けるようにはなったのですが、椅子から立ち上がる
のは、すっーと立てるのですが床に座ってから立つのは
なかなか立てません。夫にとったら大好きなこたつなのですが、
今年は我慢のようです。一度試してみたのですが、座るのも
立つのも介助してもちょっと困難な状況です。
感謝して祈っていきます。主の癒しを受けて大好きなこたつに
入れますように。

【2012/11/18 09:00】 | 未分類
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夫は以前は音に非常に敏感でした。
船を降りてからも陸の仕事を始めてからも
テレビをつけっつぱなしで寝ている事がよく
あり私が消すと「聞いてる!消すな!」と怒りました。
後でわかった事ですが、船は絶えずエンジンがかかって
います。エンジンの音が聞こえないと言う事は船にとっ
ては異常事態、緊急事態が起きたという事らしいのです。
だから音が消えると反射的に体が起きてしまうと・・・
だから音が何かあった方が眠れるといっていました。
ぐっすり眠っているので消すと又いつの間にかつけてある。
ということが度々あり少しずつ大丈夫になってきましたが
教会にくるようになり、今では自分で消して休めるように
なっています。イエス様の平安に包まれて音がなくても
恐れから解放されて・・・・

【2012/11/17 09:00】 | 未分類
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今朝、歯磨きをしながら思い出した事があり、
苦笑してしまった。それは夫がまだ入院している
時の事、それは左半身麻痺を起こしているので、
手足だけでなく口も喉もすべて・・麻痺しているので
誤飲しないようにとろみをつけた水だったり、味噌汁
だったりした。夫は嫌がっていたけれど・・・
また口の中もきれいにしておかないと雑菌から
肺炎を起こしやすいので、食後は必ず歯磨きの確認をと
看護師さんに言われていたので、私が「お父さん、
歯磨きした?」と聞くと、「うるさい!歯磨き、歯磨き、
って歯磨きババア。」とご機嫌ななめの時は怒り
ちょっとご機嫌のいい時は病院に行くと「おっ!歯磨き
婆さんがきた。」と言っていた。
退院してからも顔を洗ったり歯磨きしたり苦手の夫は時々
おさぼりをやっている。
主よ。憐れんで守って下さい。

【2012/11/16 09:00】 | 未分類
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夫は前頭部に脳梗塞を起こしました。
Drが言われるには・・脳の前頭部は善悪を
判断する所だということです。
Drに「回復しますか?」と聞くと一度梗塞された脳は
駄目ですと言われた。しかし私の内側には希望があった。
医学では駄目でも新しく造って下さる方、動かすことの
できる主がおられるから「祈ろう」と思いました。
そして主の手によって動き出した脳はこれから夫の善悪
ではなく、神の善悪がわかるようになるという希望です。
私は救われて間もない頃、
創世記3:1617
神である主は、人に命じて仰せられた。
「あなたは、園のどの木からでも思いのまま食べてよい。
しかし、善悪の知識の木からは取って食べてはならない。
それを取って食べるその時、あなたは必ず死ぬ。」と
この箇所を読んだ時、今考えると恥ずかしいが、何故、
人が善悪を知ったらいけないのだろうと思い「神様、
私にわかるように教えて下さい。」と祈りました。
そして暫くしてある時、「神様の善悪と私の善悪が違って
いるとしたら・・・」と思いがきました。その時頭を
ガァ~ンとなぐられた思いがしました。
その時、初めてここに書かれている神様のおっしゃている
事がわかったのです。
自分の判断で善悪を判断してしまう。だから人それぞれに
考えがちがうし、それぞれの判断をしてしまう。
その時「神様、あなたに聞かないでやっている事が
自分で判断して動いている事が何と多かったことか、いや
自分が主となっていました。許して下さい」と悔い改めました。
そして数十年たって聞き従いの教会、主の十字架クリスチャン
センターに導かれました。
夫は前頭部の脳梗塞を起こしました。しかし主は癒して下さり
夫の善悪の判断ではなく、聖書を読み神の善悪を知る者になり
従える者になると信じ祈っています。私も日々失敗します。
神に祈って聞き従える夫婦になれるよう祈っています。

【2012/11/15 09:00】 | 未分類
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神様は私達の全てをご存知です。み言葉には
「わたしは、あなたを胎内に形造る前から、
 あなたを知り、
 あなたが腹から出る前から、あなたを聖別し・・」と
あります。夫の脳梗塞の後遺症や心の傷のための祈りを
しながら思いました。神様は夫が母の胎に入る前から
ご存知で今迄とおってきた全てをご存知、信じて祈る時
どんな傷もイエス・キリストの十字架の血潮によって、
打たれた傷によって癒していかれる。
何という恵みだろう。そして祈りながら気づかされました。
夫も私もいろんな所を通ったけれど、そこを通らなければ
ならなかったのだと・・・・
主の憐れみと深い愛に十字架の愛に感謝します。

【2012/11/14 09:00】 | 未分類
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教会では週に1回婦人祈祷会がもたれています。
そこでは特に夫のため、家族のための祈りがなされています。
それぞれに夫のために心を注ぎ出して祈り又祈れない時でも互いに
祈り合うので恵みを受けています。
み言葉に「すべての祈りと願いを用いて、どんなときにも
御霊によって祈りなさい。」とありますが、御霊によって祈る時
夫の奥深い心の叫びを主は教えてくださいます。
それを主にどのように祈ればいいか聞きつつ祈っていくと
主がそこに光りを当て十字架の血潮を注がれていかれるのが
わかります。全てをご存知の主は主の方法で癒していかれます。
夫の助け手としてみ心の祈りができるようにと祈っています。
今日は私がそこまでしなくてもいい。と夫の足を引っ張らない
ようにという祈りまで導かれたのでイエス様に喜んで従う時が
近づいている事を思います。主の栄光をあらわして下さる時が、
主に栄光を帰することができますように。

【2012/11/13 12:45】 | 未分類
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教会にいる時の夫の顔は本当に穏やかで家では
なかなか見れない顔です。
ある方に言ったそうです。教会にいるとやすらぐ・・と
教会はキリストの満ちておられるところですから
そのキリストがふれて下さっているのだと思います。
礼拝に来る事を通して神様が何か深い深いところに
触れて下さっているようです。きっと夫の口から
証しを聞く時が来ると思います。

【2012/11/12 12:44】 | 未分類
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教会に来る途中の公園の木々が紅葉してとてもきれい。
夫が教会に来るまで一休みする場所である。
この紅葉の美しさが目に入っているかな?
人は心にゆとりがないと周りの景色さえ目に
入らない時もある。忙しい時も同じである。
私自身も夫が子供が苦しんでいる事も気づかない時も
あったと思う。
今夫も教会に礼拝に来るようになり神様に少しづつ
ではあるが目を向けるようになって私達のすれ違いを
主が正して下さっている。
主よ。夫に更に触れてくださって色づいた木々にも
目を向ける心の余裕も夫に与えてください。

【2012/11/11 09:00】 | 未分類
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朝夕、寒くなって来たせいでしょうか。
あまり散歩に出なくなりました。
でも自分でも少しは動かなければと思っているのだと
思います。自分の物を洗濯して干してあったりします。
病院にいる時リハビリのスタッフの方が教えて下さいました。
麻痺しているから、痛いからと動かさなかったらその手足は
「動かなくていい」という指令が脳に働き動かなくなると
ですから毎日少しづつでもいい動かしたり、さするだけでも
いいその手に触れてくださいと言われていました。神様が
造って下さった私達の体は生きています。
どんなに麻痺して今は動かなかった体だとしても主に期待して
動かしていく時、祈っていく時主の方法で動けるようにして
下さいます。数ヶ月前の夫の左の手足は動かなかったのですから・・
何事も失望しないでやり続けて行きたいと思います。

【2012/11/10 09:00】 | 未分類
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夫は脳梗塞を起こしてから、特に退院してから涙もろくなりました。
特に心の痛みや障害を持っている方の番組が放送されていると
涙を流しています。自分とだぶったり、弱くされ人の痛み悲しみが
心に響くようになったのでしょうか。
今迄は突っ張って生きていましたから又そうしなくては生きて
いけなかったのかもしれません。
教会にくるようになり、ありのままの自分を出せるようになったの
だと思います。今までは仕事でも、家庭でも威厳を保とうとして
威圧的になっていたのかもしれません。
弱くされありのままの自分に戻った時、自由にされ楽にされ
笑顔がもどり人にも愛されるようになって来ています。
また涙を流す事によって癒されていっています。
本当に神様は不思議をなさるかたです。体の病を通して心も癒して
下さっています。悲しむ事を通して主は悔い改めに導いて下さり
救いの道を開いて下さる事を信じています。
「神のみこころに添った悲しみは、悔いのない、救いに至る
悔い改めを生じさせますが、世の悲しみは死をもたらします。」
                   Ⅱコリント7:10

【2012/11/09 09:00】 | 未分類
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お昼遅くなりそうだったので朝うどんをつくって
温めて食べて下さいと言って家を出た。
帰ってドアを開けると、うん?何か焦げ臭い。
「お父さん、焦げたの?お昼は食べた?」
「ああ、食べた。消すのを忘れて焦がした。」と・・
こんな事が以前にも数回あり気をつけなければと思いつつも
温めて・・・と言ってしまい申し訳ないことをしてしまった。
時々忘れてしまうらしい。それと時間がどれ位かかるとか
考えにくいようになっているような気がする。
主よ。脳梗塞の後遺症が完全に癒されますように。
又私自身気をつけてレンジで温める事のできる物をつくれますようにと
主に期待して祈っています。

【2012/11/08 09:00】 | 未分類
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先日、テレビで「いのちのスープ」という番組をやっていた。
途中から私は見たので詳しくはわからないがその方の
お父さんが脳卒中で倒れ食事が出来なくなった時、何とか
食べて貰おうと、美味しい物をと考えたのがそのスープと
いうことだった。お野菜を一つ一つていねいに細かく切り
長い時間目をかけ手をかけ煮て最後に裏ごししてとろみを
つけておられた。それは誤飲肺炎などおこさないためにと
説明しながら・・・それを見ていた夫が急に顔をくしゃ
くしゃにして涙をながしていた。辛い時を思い起こしたの
だろうか。入院中は全ての飲み物、味噌汁もお茶にも誤飲
を避けるために・・・・その時は病院食で粉末を入れて
とろみをつけていた。その度に「とろみ、とろみって、
うるさい。」と怒っていたが・・・・
その方は愛を込めてていねいにつくっておられた。
そしてそれがお父さんの生きる事につながり「いのちの
スープ」となった事が放映されていた。
それを見ながら私に不足しているものは「愛」だなあと
思った。粉末でとろみを付けるにしても愛をもってやったら
夫も怒らなかったかもと・・・・・
退院してから気づかされる事がたくさんある。その時は
余裕がなく精一杯でやっとここにきて気づく者である。
本当に主が共にいて下さらなかったらここまでこれなかった。
癒し主なる主よ。私達夫婦を憐れみ、心も体も癒して下さい。
そして共に喜んで主よ。あなたに従えますように。

【2012/11/07 09:00】 | 未分類
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脳梗塞の後遺症だろうか、言葉がまだスムーズに出ない。
また出たとしても今度は止まらなくなる位、話し出す時が
ある。特に教会にいる時は皆さんが声かけして下さる事を
通して過去の辛かった時の事や苦しかった事を話しながら
涙を流して話しています。心の癒しが始まっているのだと
思います。人は本当に苦しい時は涙も出ず泣く事も出来ま
せん。涙を流す事を通して癒して下さっている事を思いま
す。まして人前で泣く事など絶対できない人でした。
それが泣きながら話しているのです。
「男は人前で泣くもんじゃない!」と言われて育った長男
が見たら親父に奇跡がおきたとびっくりすると思います。
イエス様のおられる教会には夫を素直にさせる何かが
あるのだと思います。イエス・キリストの十字架の愛を
知る時が、いつも目を注ぎ続けて下さっているイエス様の
愛を知る時が近づいています。

【2012/11/06 09:00】 | 未分類
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家で夫と共に聖書を読めるようにと、祈りながら
なかなか出来ないでいた。
新年からメイン礼拝が終わった後に希望する人
だけ聖書の学びがなされるようになった。
夫に出で欲しいと願いながらたぶん無理だろうなあ
と思っていた。しかし教会の皆さんに誘われすんなり
参加した。本当に感謝です。主よ。憐れんで下さり
神の言が入りますように。
神の言が夫の支えとなりますように。

【2012/11/05 09:00】 | 未分類
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私達の群れでは今日が「新年礼拝」となる。
ガリラヤ湖畔でもたれる「新年礼拝」。
来年の新年礼拝に夫婦で出席できたら・・・・
祈ろう!不可能を可能にされる主に。
求めよ。そうすれば与えられると言われる主に。
まだまだいろんな問題はあるけれど主は癒し主。
主よ。来年はイスラエルのガリラヤ湖畔での新年礼拝に
夫婦で出席できますように・・・・・
そして主からの言を夫が受け取る事ができますように。
残された人生を喜んで主に献げる事ができますように。
11人の弟子達がガリラヤに行ってイエス様の指示された
山に登って礼拝し宣教命令を受けたように、アルベル山に登り
礼拝し宣教命令を喜んで受け取れますように・・・・
主よ。この事が実現されたら私達家族にとったらこれは
奇跡です。主に期待して不可能に向かって祈ります。

【2012/11/04 09:00】 | 未分類
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この頃、ちよっと肌寒くなってきたけどさわやかな秋晴れが
続いている。秋晴れを見ると思い出すことがある。
今は運動会は五月にあるが、私の子供達が小さい時は
殆ど十月に運動会があった。夫は出航してほとんどいない
時が多かったが、長男が小1の時、その時は入港していた。
始めての運動会でもあり、なんとか夫を引っ張り出したのだが
学校の運動場までは来たのだが、長男の種目を1回も見ることなく
「俺、帰る。」と帰ってしまった。それからも家族みんなで出かけ
た事はない。一緒に出かけると約束はするのだが次の日になると
「俺はいい、お前らでいってこい。」と・・家族全員でどこかへ行った
記憶がない。憐れみ深い神様は数十年たって親子で共に礼拝させて
下さった。これに勝るものはない。家族全員で出かけた事はなかった
けれど、愛なる主は家族全員で礼拝できる日を備えておられる事を
信じて待ち望んでいる。

【2012/11/03 09:00】 | 未分類
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夫は子供達の小さい時、船に乗っていた事もあり子供達と
関わる事が少なく、どうやって子供と接したらいいか、子供が
何をしたら喜ぶのかわからなかったのだと思います。
長男が(現在38歳)幼稚園の時、公園に連れていきました。
そして暫くすると夫が一人で帰ってきたのです。
「あれっ!00は?」と聞くと「あいつは、駄目だ!逆上がりも
できん。置いて来た!」と・・もうびっくりです。慌てて公園に
行って見ると鉄棒の下で涙ぐんでうつむいている長男がいました。
又長女は(現在35歳)自閉症だったので(今は癒されて自立して
たくましく生きています。)帰ってきては嫌がってギャギャ叫んで
いるのに酔ってからかっていました。
それを見て私は何で!どうして子供の嫌がる事ばかりするの。と
思っていました。しかしある時気づいたのです。
子供にどうやったらいいのか。どうしたら子供が喜ぶのか。
接し方がわからないのだと、私は嫌だと思っていたけどこれが
夫の子供達に対する精一杯の愛情表現なのではないかと・・・
夫も小さい時に本当に愛された事がなかったのかもしれません。
それから数年立ち、長男とは13年、長女とは10年離れて次女
が生まれました。次女が歩けるようになると、絵本を読んでやったり
公園に連れて行き自由に遊ばせ、危なくないように後から見守れる
ようになっていました。長男と長女は「みて、みて!お父さんが絵本を
読んでやってるよ。」とびっくりしていました。
普通の家族にとって当たり前の事が私達の家族にとっては当たり前では
なかったので感動することがたくさんありました。
み言葉に「あなたがたの悲しみは喜びに変わります。」とありますが、
本当に真実な神様は一つ一つを喜びに変えてくださいました。
そしていろんな事を通して子育てをしながら親の私達も成長させられて
います。これは天に帰る時まで続くなあと思っています。イエス様の
愛のなかで・・・・

【2012/11/02 09:00】 | 未分類
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何度も書いた様に夫は教会に来るようになって、
礼拝に来るようになって本当に顔付きが変わった。
以前は眉間に皺を寄せていた顔が別人のように
なった。入院当初の長大での車椅子に乗っている
時の写真が以前から欲しいと思っていた。
何故なら、神様は必ず癒して下さりこの時の事を
証しする時がくると信じていたので、欲しいと思っ
たのです。しかし「下さい。」と言えずにいました。
そして退院して診察に行った時、向こうの方から
あの車椅子の時の写真よかったらあげますよ。
必要な時は準備をしときますので連絡して下さい。
と言われたのです。主に感謝しました。必要があった
ので先日貰いに行きました。
その写真を見て本当にびっくりしました。
今の顔とまるで別人のようです。
よく教会にいるだけで祝福を受けるとよく証しを
聞きますが、夫は教会に来ているだけで、礼拝に
来ているだけで表情から全く変えられています。
主のみ名を心からほめたたえます。
人間をとる漁師にしょう。と言われた神の言の
成就を感謝して待ち望んでいます。

【2012/11/01 09:00】 | 未分類
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