5月8日、63歳の夫が脳梗塞で緊急入院、一度は命が危ないと言われ、左半分は麻痺となった。9月の退院と言われつつ、7月の末には、歩けるようになり、4階にある我が家へ自分の足で歩き退院し帰宅した夫。
本当に脳梗塞を起こしてから涙もろくなってしまった。
特に生死に関してはすぐに涙が流れてしまうようだ。
自分がそこを通されたからだと思う。
テレビで病気の人や、出産の様子が写し出されると
涙を流している。これらを通して主は心の癒しをなさっている
ように思う。今まで突っ張って生きて来たことを崩され
ありのままでいいよという事がわかり始めたのでは・・・

だから本来の与えられたやさしさや穏やかさが出始めたのでは?
まだ瞬間湯沸かし器になって時折、怒りは出てくるけど
雷の子ヨハネがイエス様の近くにいて愛の人にかわったように
うんとうんと涙を流しいやされイエス・キリストの十字架の愛に
触れ俺の親分はイエス様だとついて行きたいという時が
くる事を信じて祈っている。何のために生きるのがわかって
喜んで生きる時が近づいている。
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【2012/12/28 09:00】 | 未分類
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長い事 まぐろはえ縄船に乗っていた夫は、
鹿児島に入港した時は(以前は鹿児島に住んでいた)
よくまぐろを持って帰って来て家族では食べきれず
教会の方や近所の方に配っていた。
船をおり特に長崎に来てからは、まぐろは高くて手が出ない。
ときおり冷凍の物が手頃の値段であり買って食卓に出すと
「刺身は買ってこんでいいぞ。」と言う。
漁師は捕れたての新鮮な魚を食べなれて舌が肥えている。
一度はいわしを買って帰った時、夫が「お前、まぐろの餌の
いわしの方がまだ新鮮だぞ」と笑われてしまった。
それは漁師の魚には負けます・・・・
しかしこの病を通しても夫の舌も変えられて
今は何でもいいぞ・・・になりつつあります。
しかし主よ。神の言だけはいつも新鮮に霊に届きますように。

【2012/12/27 10:32】 | 未分類
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先日、教会の方に「これから、やってみたいと思う事が
何かありますか?」と聞かれ「いや~鹿児島に行って
列車に乗って自分がやった仕事の所をみてまわりたい。
この体ではもうあのような力仕事はできないから・・」と
答えていた。人は未来に向くよりは過去に目を向けやすい
イエス・キリストを信じたら神が自分に計画を持っておられる
事がわかり希望を持って生きられるが・・それがないと
過去にとらわれ昔は良かったとなってしまう。
十数年前夫に「神様は、お父さんに計画をもっておられる。
お父さんにしか出来ない神様の働きがある。」と言ったら
「二度というな!」と怒鳴った。人は希望を持たなければ
喜んで生きる事が出来ない。
主よ。夫があなたの召しを知り、希望を見出し喜んで
生きていけますように。

【2012/12/26 09:00】 | 未分類
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ここ数日、土曜日のチャペルコンサート、礼拝(日、月)イブコンサートと
あり、食事の準備だけして夫を一人にして置く事が多かった。
コンサートにも誘ったのだが「いや、寒いから行かない」と・・・
証に使う自分が写し出される映像に照れもあったのかもしれない・・・
主の守りを信じて出れる事は本当に感謝です。
又夫も教会に来るようになって私が何をしているかが
わかるようになり穏やかな顔で送り出してくれます。

主の憐れみ深い愛を思います。
私は何のために生まれて来たのか?という叫びを聞かれ
目を留め、長女の自閉症という病気を通してイエス・キリストと
出会い信じ、長男の不登校、次女の出産、夫の脳梗塞と
いつもいつも主は共にいて下さり支え続けて下さった。
そして、私だけでなく夫にも子供達一人一人にも目を注いで
守り続けて下さっている。
夫を通して、子供達を通して信仰の立て上げをして下さり
又家族を通して私の傲慢や弱さを教えて下さる。
妻としても母としても失格でも、だからこそ主に依り頼んで
全てを祈る。一人一人に目を留めていて下さる主に祈る。

24日は次女の誕生日だった。お祝いメールを送った。
目を注ぎ続けておられる主よ。娘を豊かに祝福して下さい。
再び十字架の賛美をする時がきますように。
先日教会の方が夫に今度は一緒に賛美するのはどうですか?
と言われ「いや、俺は昔カラオケを勧められ、いや歌は
お金を出して聞くものでお金を出して歌うものではないと
断った人間ですからいや~無理です。」と言っていた。
主に不可能はない。家族で賛美する時がくる事を信じて祈ろう。

【2012/12/25 12:16】 | 未分類
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数日前、チャペルコンサートの中で使う証(脳梗塞の
回復)の映像をとるため教会にきた。
まず、夫に自由に話させて下さった。その中で私も
知らない船での事も話していた。
本当に過酷な仕事だったようだ。気性も必然と荒く
なるだろう、その時はまだ話せなかったのかもしれない。
時を得て今だから話せたのかもしれない。
教会が今は一番やすらぐと言っていた。船も鉄道の仕事も
命がけの仕事だったから神経の休まる間がなかったと・・・
今やすらぎを得ているからこそ話せたのかもしれない。
イエス様の元で充分休息を得、今度はイエス様と共に
働けるように、主に喜んでついていく者になりますように。

【2012/12/23 17:46】 | 未分類
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私達の群れでは「雲の間にある虹」という月刊誌を出している。
12月号に証しの要請があり夫の事が載せられたので、以前
お世話になった方に読んで貰おうと思い、住所をある方に聞き
送ろうとしていた矢先、その方から000さんの事を聞きました。
遅ばせながらお見舞いです。と蜜入りのりっぱなりんごが届いた。
吃驚してしまった。その方ご夫妻には非常にお世話になった。
夫が船を降りて就職先がなかなか決まらない中で、あまりにも
常識はずれをやる夫をみて(十代から船にのり一般常識とは
かけはなれた生活が長かった故)ご主人が普通の社会に溶け込める
ように1年間は受け取ります。と言って下さりいろんな問題を
起こしたが忍耐を持って受け取って下さった。ご夫妻とも
クリスチャンだった。
そこがあって次の仕事へと踏み出せた。これまで多くの方々の
助けを受けている。
主よ。夫がお世話になった方々の所に福音のプレゼントをもって
いけますように。

【2012/12/19 14:25】 | 未分類
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この頃よく以前働いていたJRの保線の仕事の事を
よく話します。何回も聞いた話しですが、うんうんと
聞いています。今は力仕事ができなくなった自分を
見て昔の事をいろいろ思っているのでしょうか?
私達は目標があったり、希望があると力強く歩めます。
多少の困難があっても乗り切っていけます。
ましてや自分にとっての神様の計画がわかると
それに向かって進み困難があっても神に祈り助けを
求めて前進できます。
夫も自分に対する神様の計画を知ったらもっと心も
体も元気になって過去を振り返ることなく今の自分に
できる事から始められそうな気がします。
しかし焦ることなくいつも最善だけしかなさらない
主に委ねて主の時を待ち望んでいます。

【2012/12/18 14:42】 | 未分類
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脳梗塞の後遺症で言葉が思っていてもスッーと出ない。
昨日も書いたように、バスに乗った時も降車ボタンを
押していても後ろにいて他の人が降りて運転手さんが
気づかず動き出し「降ります」と言う言葉がサッと
出ないようだ。とっさの時がスッーと出ないと言っていた。
しかし、夫自身が「俺は口が悪いからこれぐらいの方が
いいのかもしれない」と言っている。
自分で口が悪いと自覚しているらしい。それならば後は
祈るなら主が良き言葉を使えるようにして下さる。
主がひとつひとつ主の方法で癒し整えていかれる。
本当に感謝です。

【2012/12/17 12:44】 | 未分類
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神様は本当に素晴らしい事をなさる。
夫が脳梗塞を起こし退院してからもうすぐ5ケ月になろうとしている。
今迄しなかった事も主の方法でさせようとしておられる。
今までは礼拝に歩いて来ていたのだが、寒くなり足が痛くなったり
歩いてはちょっと困難かな?と思っていた。
車で迎えに行っていいよと言って下さる方もいるのだが・・・
体のためにも歩いた方がと今日も歩いて来たのだが、
今日は途中からバスが目の前に来たのでバスできたと・・・
両替していたらバスが通り過ぎてしまいそこから歩いてきたと、
今度からあそこからバスで来るとだいぶ違う。
まるで大発見をした少年のように目をきらきらさせて話しました。
主は不思議をなさるお方。
今迄、出来なかった事をいや、しょうとさえしなかった事を
こんなかたちでそれも楽しみながらさせて下さっている。
みんなには当たり前の事でも、今とても新鮮な気持ちで夫は
受け取っている。これからもいろいろな発見をさせ、
楽しませながらイエス様の所により近づけてくださる事を
期待しながら祈ろう。イエス様の事を目をきらきらさせながら
証しする時を信じて・・・・

【2012/12/16 13:41】 | 未分類
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昨日は午後から雨が降りだし、コンサートに行くのにバスで大丈夫かな?と思い、何度か連絡をとったが連絡がつかず主に委ねて祈る事にした。すると6時前には同じチトセピアの3階の選挙会場に行き選挙をすませ(日曜日にいかなくてすむからと…)やってきた感謝です。帰りもタクシ-をひろうまでと一緒に外にでたのだがここでいいと後はやると…私の方がちょっと夫を過保護にしているかな?主に委ねて真に助けるべき時に助けられますよぅに。

【2012/12/15 09:47】 | 未分類
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今日はチャリティーコンサートがチトセピアホ-ルでおこなわれます。夫が初めて一人でバスでやってきます。 主よ。守って下さい。そして「あなたがわたしに下さった者のうち、ただのひとりをも失いませんでした。」と言われた主よ。一人一人にふれて下さってあなたの十字架の愛を知る時となりますように。

【2012/12/14 08:28】 | 未分類
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神様の深い愛を思う。 何故かといぅと夫は体重が8kgも増えた。先生は減らすのは難しいからこれ以上増やさないようにと言われた。 体重が増えると足にも負担がかかり又散歩もしなくなり、いざ歩くとなると足が痛むみたいだ。食欲というのは誰しも抑えられない。だから今までは間食も非常に多かったのだが…間食が出来ない状況が許され三食の食事だけになった。それも夫が受け入れざるを得ない方法で…神様の愛を思う。後少しの我慢なのだが…しかしこのまま間食をしなくてすむよぅに願ってはいるのだが…どうもお腹が空くとイライラするみたいで子供みたいになってしまう時がある。64歳の坊主頭のだだっ子に思わず苦笑している私である。

【2012/12/13 09:12】 | 未分類
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私達の体は不思議である。
夫は漁師をしている時は殆ど風邪などひいた事が
なかった。ほとんど薄着で長袖の下着をつけた事も
なかった。若かったこともあっただろうが皮膚が
鍛えられていたのだろう。今寒さに弱く家の外に
出たがらなくなりました。少しずつでも鍛えることは
大切だと思う。私達の心も霊もそうなのではないだろうか。
確かに困難や試練は喜ばしいことではない。
でも感謝して祈っていく時に、主に信頼することを学び
主が生きて働かれる事を知る。
そして心も霊も強くなる。今夫は肉体の弱さを知り
心も体も霊も、主から命を注がれて新しく生まれる
ための準備中である。

【2012/12/12 09:00】 | 未分類
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礼拝後の洗礼クラスの学びの中で、教師の方が
何かのことで褒められたそうです。
すると「ちょっと、トイレにいってきます。」と
席をたたれた・・照れくさかったのかな?と教師の
方が言われた。たぶんそうだろう・・・
男性社会で生きてきた人なので褒め言葉に慣れていない
し、妻からも褒められた事もほとんどない(ありがとう
と感謝は言い表わしても褒めた記憶が私にない・・反省
します。)本当に照れくさかったのだろう。
この事を通しても主は何かを語っておられるような気がします。
夫は以前は、周りの人々に対して裁く事ばかりしていました。
聞いているこちらが心が痛くなるぐらい・・・
病気をして感謝すること事ができるようになり、
以前のように裁かなくなりました。弱くされたからだと思います。
褒められた事を通して主の何らかの語りかけを受け取れる
ように祈っています。

【2012/12/11 14:22】 | 未分類
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12月に入り急に冷え込んでき、寒いからとなかなか散髪を
したがらなかった夫が先日やると言いやり始めた。
一人ではうまくいかないので私がやることにしたのだが、
うまくやれるかどうかちょっとこわい。
坊主頭だからまだいいのだが・・・「まだか、もういい」と
いわれながら「もうちょっと、だからもう少しがまんして」と
やっとなんとかやり終えた。
今日見てみると頭の真ん中に一本だけ立っている。
ああ、感謝!坊主頭といえど結構むずかしい。
夫が病気になってからいろんな事に挑戦させられている。
挑戦というよりはせずにおれない所に追い込まれている。
できないとか、こわいとか言っておれない状況だから。
でも、そういう事に多少は慣れてしまっている部分もある。
夫が船に長い事乗っていて、いない生活の方が多く自分で
やらなければならなかったので、つい夫に聞かないでやって
しまうことがある。
主よ。家長である夫に聞き従えますようにと祈っている。

【2012/12/09 12:00】 | 未分類
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今朝、6時過ぎ朝食の準備をしていた。
するとテーブルの前に座っていた夫が
「まだね!(今迄だったら、まだや!と叫んでいる)
味噌汁もなんもいらないから、漬物とご飯でいいから
持って来い。」と言う。
「お父さん、まだ、6時過ぎだよ。もうちょっと
待ってすぐだから・・」
「いいから、ご飯とつけもんを持って来い」・・・神様!感謝です。
とりあえずご飯と漬物を出し後、味噌汁と焼き魚を出した。
結果的には、ご飯をおかわりし味噌汁も焼き魚も全部食べたのだが、
待てなくなってしまったのか、病気のせいや、薬のせいでお腹がすくのか
ちょっとわからないが、このままだとまた体重が増えてしまう。
なんとか散歩に引っ張り出さないと、ヤバイです。
退院時からすると8kgも太ってしまいお医者さんにこれ以上増やさない
ようにと言われてしまいました。
主よ。楽しんで散歩ができますように。

【2012/12/08 09:05】 | 未分類
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寒さは人の動きをストップしてしまう。
夫は寒いからと散歩もあまり行かなくなり
散髪も今日は寒いからとやる日を延ばしている。
確かに寒さや、冷たさは人の体も心も動かせなくし、
凍らしてしまう。
人から言われたり、自分でわかっていてもなかなか
真の悔い改めには至らない。
しかし神の方法は私達の方法とは違う。
まずは主の愛を注ぎ、圧倒的な主の愛で臨まれる。
その愛に包まれ満たされ、初めて自分が悪かったんだ。
本当に罪人なんだと真の悔い改めがお腹のそこから
湧きあがってくる。「神様、本当にごめんなさい。」と
その愛のなかで赦された事を知り、
人に誤まる力を、問題に立ち向かう力を与えられ
深い深い十字架の愛を、恵みを知る。
その愛の暖かさで人の心も体も溶かされ
復活の力を得て動き出す。
主よ。あなたを待ち望みます。
夫の心も体もあなたの十字架の愛によって動き出す日を。

【2012/12/07 09:00】 | 未分類
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今年の流行語大賞に、お笑い芸人スギちゃんの
「ワイルドだろうぉ」が決まった。
夫は教会に来るようになると同時に月1回の
チャペルコンサートにも来るようになり
「よく こられましたね。」と喜んで迎えて
下さった教会の方々に「いや~!コンサートが
スギちゃんに勝ったんですよ。家でテレビを見ているより
コンサートの方がず~といい。スギちゃんをみている
よりいいですよ。」とよく答えていた。
そしてB姉の賛美を聞いて家に帰ってまでも言っていた。
「あのピアノを弾きながら歌っている、あれはいい。
他のもんと何かちがう」と・・・
あの高校生の子は小さい時から、ゴスペルシンガーに
なりたいと心に決めそれからああしてず~と賛美していると
言うと「そう~か、そう~だったのか」と言っていた。
今も月1回のコンサートを楽しみにして来ている。
賛美の中に住まわれる主が賛美を通してふれて下さっている。

【2012/12/06 09:00】 | 未分類
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今、私は教会で奉仕させてもらっている。
お昼は帰るようにしているのだが帰れない時は
昼食の準備をし出てくるようにしている。
それでも準備できない時がある。その時は夫が自分で
料理して食べてる時がある。
漁師をしていたので料理は私よりうまいと思う。
今は船には必ずコック長がいるが、夫が始めて乗った
時はコック長などおらず新米の夫がご飯炊きだったそうで
まずかったら、目の前で作った物を捨てられ食べて貰えな
かったそうです。悔しくて週刊誌などに載っている料理を
みて学んだそうです。だから「お前、料理下手だなあ。もっと
美味しく作れんのか!」とよく言われていました。
私にやる気をださせるためにも言っていたようなのですが、
あまり料理に興味のない主婦失格の私で・・のれんに腕押しで
「お前は、主婦としてのプライドはないのか?」と言っていました。
いやいや、私にはプライドなどないと言うとあきれ果てられそれから
言わなくなりました。そして漁師飯とやらを教えてくれました。
とても美味しいですが材料代が高いです。主婦としては???です。
主よ。安くて美味しい料理がつくれますように。

【2012/12/05 09:00】 | 未分類
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人と関わるという事はとても大切な事だと思う。
関わるという事は傷つく事や煩わしさも出てくる。
しかし関わったぶんだけ愛が深まるような気がします。
夫婦でも親子でも他人でもそれは同じだと思う。
特にクリスチャンになってからは面識のない人でも
祈りの要請があり祈っていくと、祈る度ごとにその人に
対する愛が深まっていく。それは神様の導きによる祈り
となって神ご自身がその人を愛しておられるからだろう。
夫がよく言っていた。子供達が大きくなって、いろんな
事がある時、「俺は子供達に、あれをするな、これをするな
と言われん。何もしてこんかったから」と・・・・
船に乗っていた事もあり、子育てに関わらなかった故だと思う。
でも、大切な時は父親に聞くようにしていたが・・・・
「お前がいいと思うならそれでいい。」と子供達には答えていた。
長男が船に乗り関わりができてから、親子共に変わっていった。
長女や次女は小さい時もあまり関わりがなくもう少し時間が
必要なようだ。私達夫婦も関わりが少なかったと思う。
だからこの病気も通して今まで出来なかった事をさせて下さって
いるような気がする。
そして、私自身が主に、教会に逃げてた部分、悔い改めを与え
こうして関わらせて下さっている。神の助けを受けて深い祈りや
実際的手助けができている。
夫も長女や次女に出来なかった事を主の方法で関わりをさせて
下さり神の愛の注がれた親子関係として下さるだろう。

【2012/12/04 13:08】 | 未分類
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どんな心の傷であろうと、イエス・キリストの十字架の愛を
信じた者は傷が癒され、傷みを知っているが故に、苦しみを
知っているが故に深く祈る者にされ、十字架の愛を通して
御霊によって祈る者とされます。
今、夫は涙もろくなっています。テレビを見てもすぐ涙ぐんで
います。涙が出るという事は感謝です。
本当に苦しい時、悲しい時は涙が出ません。泣ける時、涙が出る時
いやしが始まっているのだと思います。そしてそれが今度は
主の愛を知り、感謝の涙、喜びの涙へと変えられていきます。
主よ。夫の涙があなたへの感謝と喜びの涙となりますように。

【2012/12/02 09:00】 | 未分類
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昨日は1ヶ月ぶりの診察日で病院に行った。
薬ができるまでの時間、夫は入院していた6階の
病棟へ行って看護師さん達と会っていろいろ話して
きた様です。看護師さんも今だから話せる事など
いろいろ話された様です。
夫は冗談で言っているのですが、それが相手には
冗談とわからず、真剣に心配したり悩んだりされた方
もいたようで申し訳なかったなあと思います。
人の心にも敏感な部分と鈍感な部分があって相手の
気持ちを察する事ができない事が多々あります。
自分の心に傷がある場合敏感に反応しますし反対に
鈍感な場合は相手の気持ちを考えずに言葉を発してし
まいます。しかし主に祈る時に全てを益に変えていかれます。
人の心に届く言葉を、神の言を語るものになるために
今は夫の心も体も主の手によって治療中です。

【2012/12/01 13:41】 | 未分類
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