5月8日、63歳の夫が脳梗塞で緊急入院、一度は命が危ないと言われ、左半分は麻痺となった。9月の退院と言われつつ、7月の末には、歩けるようになり、4階にある我が家へ自分の足で歩き退院し帰宅した夫。
昨年の今頃は夫はまだ車椅子でした。
発病して1年と少し…あっという間の
1年でした。
ここまで回復するとは思いませんでした。
主の助けと多くの方々の祈りの支えがありました。
本人の自分の足で歩き、自分の事は自分でやれる
ようにという強い願いもあり頑張りもあったのだと
思います。からだは回復に向かっています。

こんどは、心の癒しだと思っています。
毎週礼拝するなかで、神様にふれられ神の言が
霊に入っていくようにと祈っています。
今迄生きてきた中でいろんな所を通って来たのだと
思います。妻の私にもわからない所を、理解できない
ところを、人との関係のなかで傷つき、傷付けそれが
神を神としないがゆえに、自分中心の歩みのゆえである事を
気づかないままに、以前の私もそうであったように…

イエス・キリストの十字架でしか癒やす事のできない
人間の罪ゆえの傷、私の罪を赦し癒して下さった
イエス・キリストに憐れんで下さいとすがり祈るのみです。
しかし、その夫を主はすでに捉えて下さっています。
神の計画をもって、全てを益に変え用いようとして
下さっています。
夫自身に「わたしについて来なさい。あなたがたを
人間をとる漁師にしてあげよう。」と語って下さる日が
近づいてきています。
感謝をもって主を待ち望んでいきます。
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【2013/05/31 15:20】 | 未分類
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今日は前頭部に手を置いて祈る。
梗塞された部分が生き正常に機能するように
信じて祈る。
主は全能なるお方。癒し主なるお方。
主が栄光を現して下さる事を信じて祈ろう。

時々どっちが助け手なのか わからない程
私は夫の助けを受けている。
教会に行くのが遅くなったので
帰ってから洗濯物を干そうと思っていたら
帰って見ると洗濯物が干してあった。
本当に感謝です。

今は互いにここは助けあって生きる。
真の神の働きを担うためにも
あえて主はここを通しておられる気がする。
互いに補い合っていこう。
夫が神の言を受け、立ち上がる時を信じて…


【2013/05/30 11:41】 | 未分類
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昨日の礼拝の聖書箇所は 使徒の働き3 : 1 ~ 8 だった。
聖書箇所を知った途端、今日のメッセージが深く
入りますようにと祈らずにはおれなかった。
何故なら、体は良くなってきていても、人生に対する
夢や幻がないため、目が表情が生きていないのである。
時々ぼんやりベッドから窓の外を見ている夫をみて
早く神様の計画を知って生きて欲しいと思う。

だから祈らずにはおれなかった。
この箇所に出てくる「生まれつきの足のきかない男の人」は
人々によって運ばれで来て人からの施しによって生計を
立てていた。ペテロの「金銀は私にはない。しかし、私に
あるものを上げよう。ナザレのイエス・キリストの名によって、
歩きなさい。」と言って右手を取って立たせられるとたちまち
彼の足とくるぶしが強くなり、おどり上ってまっすぐに立ち、
歩きだしたと…

勿論、生まれて始めて歩けた事も嬉しかっただろう。
しかしイエス・キリストは彼の根本的な所を癒し
人生の回復をもなされたと語られた。
止めどなく涙がこぼれた。主は夫のうちにも全てを益に変え
人生の回復をしていかれる。信じて祈っていこう。

夫はこの日、暑くなるからと、第一礼拝にやってきた。
主よ。メッセージが深く深く入っていきますように。
神のピジョンを知り喜んで生きれますように。

【2013/05/27 17:56】 | 未分類
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血圧を計り手を置いて祈る事が
当たり前になってきた。本当に感謝だ。
私が救われ、子供達が救われ「お父さんもイエス様を
信じれますように」と祈る子供達に「俺の事は祈るな!」と…
あれから二十数年、神様はいろんな事を通して人を変えて
いかれる。救いへ祝福の道へと、私達の思いや考えと違う
方法をもって…
神様は真実なお方。
私にとって苦しい事や悲しい事であっても
すべてを益に変えて下さる。
そしてそれは私だけでなく周りの人々にも
イエス・キリストを信じる事を通して
十字架の愛と恵を流していかれる。

夫はストレスの多かった環境から今少し離して下さって
イエス・キリストの愛を知る時としてくださっている。
終わりの時の働き人となるために…
主の愛に感謝です。


【2013/05/25 08:36】 | 未分類
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今日は前頭部に手を置いて祈った。
主は私たちの造られた方。脳も内臓も人体すべてを…
造られた主に拠り頼んで祈る。
救い主なる主を 癒し主なる主をほめたたえます。
あなたは私たちを造られた主です。
夫の全てが正常に機能しますようにと祈り
み言葉を用いて癒しの祈りをする。

創世記 2章 7節に
神である主は、土地のちりで人を形造り、
その鼻にいのちの息を吹き込まれた。
そこで、人は、生きものとなった。
エゼキエル37章9 ~ 10節には
主は仰せられた。「息に預言せよ。人の子よ。
預言してその息に言え。神である主はこう仰せられる。
息よ。四方から吹いて来い。
この殺された者たちに吹きつけて、彼らを生き返らせよ。」
私が命じられたとおりに預言すると、息が彼らの中にはいった。
そして彼らは生き返り、自分の足で立ち上がった。
エペソ5:14
「眠っている人よ。目をさませ。
死者の中から起き上がれ。
そうすれば、キリストが、あなたを照らされる。」
これらのみ言葉を握って夫の霊に向かって宣言する。
(夫の前では、心の中で叫ぶ)
○○○○ ○○○よ。神のいのちに 生きよ!
キリストのいのちに 生きよ!と…

癒されて 神の霊に満たされて
キリストのいのちに生きて欲しい。
神様はみ言葉の真実を現される方。
今日もイエス・キリストの御名を通して宣言する。

【2013/05/24 09:12】 | 未分類
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家のドアを開けると凄く焦げ臭い。
何か焦がしちゃったなと思いながらもう、ご飯食べたの?
と聞くと「ああ、食べた。鍋を焦がした。煙がもうもうと
して気づいたら鍋が焦げていた」と水に浸けてあった。

気付いたから良かったけど、まだまだ油断できない。
梗塞された前頭部に手を置いて祈った方がいいのかも
知れない。お医者さんは一度脳梗塞を起こした脳は
元にはかえらないと言われたけど
主は全能なる方。癒し主なる方。信じて祈ろう。
年頭に「栄光は私たちの神に帰せよ。」と言われた主に
期待して、受けたと信じる信仰をもって祈ろう。

【2013/05/23 09:00】 | 未分類
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今朝も手を置いて祈る。
冷たかった足先がだんだん暖かくなり
ピンク色になってきた。以前はピンク色を
してても私の手に冷たさが伝わってくる時も
あった。今はそれが殆どなくなった。

手を置いて祈ると同時に霊に向かって宣言
している。「神のいのちに生きよ。」と
主よ。夫が真に生きる希望をみいだせますように。
神の言によって生かされますように。
あなたのもっておられる計画のなかに生かされますように。

【2013/05/22 13:38】 | 未分類
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一人でバスに乗った事がいい自信になったのだろう
何かが夫のなかで変わったような気がする。
今朝も早天祈祷から帰って見ると散歩に出て
いなかった。
散歩から帰り暫く休んでから自分で血圧も計っていた。

真の生きる目的がわかったらもっと変わるだろう。
イエス・キリストの十字架の愛を知ったら更に
夫らしくもっと生きれるだろう。
良いものをたくさんもっているのだから…

罪は神をも見えなくし本来の自分の姿さえ見えなくしてしまう。
だから人はイエス・キリストの十字架の愛にふれた時
罪がわかり、悔い改めがおきる。誰に言われなくても…
そして何もかも新しくなってしまう。
夫にもその時が近づいてきている。感謝して待ち望もう。

【2013/05/21 12:41】 | 未分類
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今日はペンテコステ礼拝だった。
朝、小雨だったのでどうかな?と
思っていたら傘もさしてやって来た。
先日、一人でバスで病院へ行き来してから
何かが変わったような感じがする。

脳梗塞の後遺症が完全に癒されて神の言
が入っていきますように。
今度は聖書を共に読めますように。
十字架の愛が心に霊に深く深く沁み込んで
いきますように。

【2013/05/19 18:34】 | 未分類
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今朝も手を置いて祈る。
今日は病院へ行く日。経済的な事で
夫はバスで私はバイクで行く事にした。
全てを感謝しながら祈っていくと神様の
御計画がわかっつてくる。
きっとこの経済的な問題がなかったら
いつまでも二人で行っていたと思う。
神様は夫が一人で行けるようにしょうと
しておられることに気づかされた。
求めても与えられなかったことをも感謝する
なかで気づかされた(病院代、薬代はあった)

バスは乗り換えて行かなければならない。
夫も少し不安なんだろうか
「どこ行きに乗るんだったかね」という。
説明してメモして渡し私がバイクで先に行き
見届けるからというと安心したようだ。
一度、降車ボタンを押したにも関わらず運転手が
気づかず次の停留所まで行ったことがある。
サッと動けないし「降ります」とすぐ言葉が出ない
そうだ。しかし主の守りは完全。主に感謝。

全てを益に変えて下さる主は素晴らしい。
こういう事がなければ夫が一人で行くというのは
まだまだ先の事にしていたと思う。
神様は一つ一つ整え訓練してくださる。

【2013/05/17 18:09】 | 未分類
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この頃血圧値が正常になり足先もチアノーゼが
なくなりピンク色になってきた。体重も減ったのでは
ないかと思う。夫も意識して散歩にいくようになり
間食も少なくなってきたから……

血液が足先まで流れ出したように
イエス様の十字架の愛が頭の上から足の爪先まで
沁み込んでいきますように。
以前程テレビを見て涙を流す事が少なくなった。
心の癒しも始まっているのだろう。
十代の時から荒んだ男の海の生活をしてきた
私には理解出来ない傷み、苦しみがあったの
だと思う。イエス様は御存知だ。
すべてを知っておられる主に祈ろう。あわてないで
夫が自分の口で「俺は洗礼を受ける」という時を待とう。


【2013/05/16 09:00】 | 未分類
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それから教会へ行く様になり、聖書を読んでいくうちに
イエス・キリストの事を知りました。
ある時聖書の言が私の心に深く響いてきました。

イエス様が弟子達と歩いておられる時、生まれつきの
盲人を見られます。すると弟子達が聞きます。
「彼が盲目に生まれたのは、だれが罪を犯したから
ですか。この人ですか。その両親ですか。」と
イエス様は答えられます。「この人が罪を犯したのでも
なく、両親でもありません。神のわざがこの人に
現れるためです。」という聖書の言が響いてきたのです。
今はなぜ自閉症として生まれてきたのかわからない。
しかし「神のわざがこの子に現されるためだ」と信じた
のです。その言を信じ必ず神のわざが現わされる時がくると
期待して育てられるようになったのです。
そして娘は話せるようになりどんどん成長していきました。
今は癒されて、自立してたくましく生きています。

私は娘の病気を通して教会へ行く様になり、
イエス・キリストの十字架の愛を知りました。
今でもいろんな問題や困難があります。しかしその問題や
困難の後ろに神のご計画がある事がわかってきたのです。
ですから喜んで生きています。
イエス・キリストの深い十字架の愛に心から感謝します。

以上の事をコンサートで証した。
夫は始めて聞いてなにを思っただろうか。
夫も娘の事は夫なりに傷み苦しんだと思う。
時を経て娘の事を振り返り話す時を主が
備えて下さいますように。

【2013/05/14 12:07】 | 未分類
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先日のチャペルコンサートで私の証を
夫が始めて聞いた事にも神様のご計画が
あったように思います。
次のような証をしました。

私には三人の子供がいます。
長女が自閉症という障害児でした。
2~3歳になっても話す事ができず、私が母で
ある事すらわかりませんでした。
なんで?どうして?この子だけがと受け取る事が
出来ませんでした。
大きくなったらどうなるのだろうと不安と恐れで
毎晩泣いていました。

そんな時長男が通っていた教会附属幼稚園から
講演会の案内がありました。行って見ると講師は
若い時に母親を亡くし生きる希望を失い列車に
飛び込み、両足膝下切断、右手肩下切断、左手3本指が
残っているという宣教師夫人でした。
そんな状況にも関わらず、とても明るく光り輝いている
方でした。いろんなお話をされたのですが、一番最後に
「お母様方。子供は神様からの贈物です。たとえ
どんな障害をもって生まれても、それはあなたなら
大丈夫。あなたなら育てられるからと神様が与えて
下さったのです。自信をもって育てて下さい。」と
話されました。

それを聞いた時、まっくら闇の中に一筋の光を見た
思いでした。その神様を私はわからないけど、もし
そうなら信じてやってみようと思ったのです。
なんで?どうして?と受け取れなかった娘を
ありのままで、自閉症の娘をそのままで受け取る事が
できたのです。

【2013/05/13 18:07】 | 未分類
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昨日も手を置いて祈った。
癒しの祈と共に宣言もしていく。

昨日はチャペルコンサートだった。
その中で私も自閉症の娘の証を
させて貰った。
夫は私の証を聞くのは初めてだった。
自閉症の娘を抱えてどういう思いだったのか
何故、教会に行く様になったか
どの様な思いをもって育てるようになったのか
始めて聞く事となった。

家に帰ると照れもあったのかもしれない
他の事は話したが私の証の事にはふれなかった。
又ゆっくり、お互いに話す時を主は下さるだろう。

【2013/05/12 15:47】 | 未分類
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手を置いて祈る前に「お父さん、倒れてから
1年になるんだよ。去年の今頃は救急センター
に入院していたんだよ。本当によくなって
よかったね。」と言うと「ああ」の一言でしたが
夫なりにいろんな思いがあるのではないだろうか。
本当に主に感謝です。今朝は血圧も正常値より
下がっています。180以上あったのが…足先も血色が
出てきています。

今朝の早天祈祷のデボーションで使徒3:26が
響いてきて夫のための「神からの言」として
受け取った。見ると2012・12・24と夫の名と
ともに書いていた。
神様は真実なお方、再び語って下さっている。
神様は与えた言を成就していかれる。
私の方が忘れている。神の言を信じ告白していこう。

「神は、まずそのしもべを立てて、あなたがたに
お遣わしになりました。それは、この方が
あなたがたを祝福して、ひとりひとりをその
邪悪な生活から立ち返らせてくださるためなのです。」
使徒 3 : 26

【2013/05/10 09:04】 | 未分類
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5月8日で夫が脳梗塞で倒れて1年になる。
主が共にいて下さり、多くの支えの祈があって
ここまでこれた。
正直、祈ってはいても 告白してはいても
こんなに回復するとは思っていなかった。
主の愛と教会の支えと祈りに感謝です。

夫となりに煙草も控えめにし、こころがけて
散歩に出るようになり血圧も正常値になってきた。
更に十字架の愛が注がれて神の言が入りますように。

夫の足先に手を置いて祈るようになり私自身も
変わってきたような気がする。
主よ。夫の真の助け手となれますように。

【2013/05/09 15:16】 | 未分類
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手を置いて祈り始めて12回目
血圧も落ち着きはじめ正常値に近くなってきた。
礼拝のミニストリーで脳梗塞の後遺症の癒しの
宣言もされている。足先もチアノーゼがなくなり
ピンク色になってきた。
神様の癒しが起こっている。

又教会の恵みを思う。聖書にあるように教会は
キリストの満ちておられるところで、
ここに居るだけで主にふれられていきます。
以前、夫は家に居る時より教会にいる時の方が
いい顔をしていると書きました。
私も自然にすっーと横に座れたと…

先日も面白い事がおきました。
第一礼拝が終わった直後に夫がメイン礼拝に
出るために来ました。「あっ、お父さん。おはよう。」と
声かけしている私がいました。
朝早くお互いに起き顔を合わせているのです。
家では「お父さん。おはようございます」とすっーと
出てきません。教会の力って凄いです。
人を素直にする力もあるようです。
夫も私もきっと家では見れない顔をお互いにしているのだと
思います。
主よ。素直になって家でも、どこでも心からの
喜びがあふれますように。
「神は、いっさいのものをキリストの足の下に従わせ、
いっさいのものの上に立つかしらであるキリストを
教会にお与えになりました。
教会はキリストのからだであり、いっさいのものを
いっさいのものによって満たす方の満ちておられるところです。」
エペソ1:22 ~ 23

【2013/05/07 09:00】 | 未分類
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ここ2~3日、血圧は正常値に近い。
足先を両手で包み込み癒しを祈ると同時に
夫の魂に向かって心のなかで祈り命じる。
「イエス・キリストの命に 生きよ!」と
何度も何度も命じ祈る。
声にならない祈り、イエス様の十字架の愛を
知って欲しい。真実の愛を知り真に生きる者と
なりますように。
「眠っている人よ。目をさませ。
死者の中から起き上がれ。
そうすれば、キリストが、あなたを照らされる。」

【2013/05/02 09:53】 | 未分類
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