5月8日、63歳の夫が脳梗塞で緊急入院、一度は命が危ないと言われ、左半分は麻痺となった。9月の退院と言われつつ、7月の末には、歩けるようになり、4階にある我が家へ自分の足で歩き退院し帰宅した夫。
殉教聖会まであと数日となった。
今年は夫も平和会館の方へ参加できるようにと
祈っている。私が奉仕がいろいろあるので
息子が名古屋から帰って来て連れて行こうと
している。

神様のみ心があればあるほどいろんな事が
許される。息子も旅費が与えられバスの
チケットが向こうの手違いで取れておらず
「もう、行けない。無理だ。もう一度トライ
してみる。」と連絡があった。

兎に角、今の状況をつぶやかず感謝すること
喜ぶ事とメールした。
暫らくすると「強引な交渉で席を確保しました。
水曜早朝につきます。」と返信があった。
強引な交渉に???はつきますが
( 脅しではありませんように😓)主に感謝です。

私自身、一番忙しいさなかダウンしてしまった。
しかし咳と戦いながら、殉教したステパノや26聖人の
事を思わされる時間を主は下さった。
417年前の2月5日水曜日 彼らは西坂の丘で喜んで
殉教して行った。

「いつも主にあって喜びなさい。」と語られたこの年
圧倒的な御臨在と天の喜びが注がれますように。
夫も必ず殉教聖会に参加できますように。
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【2014/01/30 19:26】 | 未分類
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2 ~ 3日前から、風邪をひき、ちよっとこじらせてしまった。
なかなか良くならず、夫に風邪をうつさないように
教会のみんなにうつさないように( 特に殉教聖会前なので)
と祈りつつ昨夜は早目に休んだ。

咳が酷くなかなか熟睡出来ない。
夢うつつのなかで「かんしゃします」と言いつつ
咳と戦っていると、
もうろうとしたなかで「あなたは、このことを喜んでいますか?」
との主からの問いかけがあった。

あっ、今年の年頭のみ言葉
「いつも主にあって喜びなさい。もう一度いいます。
喜びなさい。」を思い起こされ「はい。主が共にいて下さるので
咳がひどいことを喜びます。痰が酷いことも喜びます。」
と言いつついつの間にか寝入っていた。

朝になり、気分がすぐれず起きれるかな?と言う状況だった。
正直・・休みたいなあと言う思いがあった。
しかし兎に角、早天祈祷には行こうと体を奮い立たせ
夫の朝食を準備し教会に言った。
早天祈祷も祝福して下さり、殉教聖会のために祈っている課題に
対する応えのみ言葉を下さった。

そして早天祈祷が終わった後、J 牧師が「今日、明日と体を
休めて下さい。元気になって祈ればいいから・・」と
休みを下さった。
全てを御存知の主は、私が願い祈る前に、立てられた方を
通して休みを与えて下さった。
あわれみ深い主の愛に感謝です。
いろんな出来事を通して、殉教聖会の準備を通して
終わりの時の備えをさせておられる気がする。
教会の方々に、夫に風邪がうつりませんように。


【2014/01/29 15:07】 | 未分類
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先日の礼拝の中で洗礼式がありました。
洗礼式が夫にはどううつったのでしようか。

洗礼を受けられた Y 姉は私達と同年の方でした。
「この年になって神の子どもとして下さり
天国へ行く確実切符も、貰って嬉しい!」と
おっしゃっていました。

神様は年齢がどうあろうと愛し続けて下さり
呼びかけ続けて下さっています。
そして一人一人に神様は計画を持っておられます。
この方が生きて来られた全てを益に変え用いていかれます。

夫がその事に気付く時が近づいて来ている事を思います。
信じて祈っています。

「わたしはあなたがたのために立てている計画を
よく知っているからだ。ー主の御告げ。ー
それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、
あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。」
エレミヤ 29 : 11

【2014/01/28 14:15】 | 未分類
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いろんな事を通して主に従えるように
私を整えて下さいました。
そのなかで解った事があります。

いろんなことが起きても
状況が、環境がどうであろうと
相手が無理難題ふっかけたとしても
自分の心が何処をむいているのか?
何にむいているのか?
主に従うのか従わないのか。

出来る出来ないが問題なのではなく
主に従うのか、従わないのかが
問題なんだということが解ってきたのです。
主に従う。と心を定めたら
後は、主が助けて下さる事を知りました。

そして主に心を定めると不思議な平安が
あるのです。それは何ものにも左右されない
揺るぎない神の平安です。
神が共にいて下さる平安です。

夫は気性の激しい性格です。
白黒ハッキリしないと嫌な性格です。
私が本気で主に従うのかどうか見ている
気がします。
( 夫は意識してないかもしれませんが・・)

主に感謝しています。
夫の迫害? がなかったら今の私の信仰はありません。
いろんな問題を通して主は私を整え
訓練して下さいました。
これからは主に従うと同時に
夫に心から喜んで従えるように
訓練して下さるのだと思います。

【2014/01/25 08:50】 | 未分類
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「妻たちよ。あなたがたは、主に従うように、
自分の夫に従いなさい。」エペソ 5 : 22

とあるように、愛なる主は夫に従うためにも
まず主に従えるように私を訓練して行かれました。
偶像問題、礼拝の事、そして十一献金の事。

私は福音派の教会で洗礼を受けました。
そこでは月定献金となっていました。
その頃私はパートをしていたので自分の収入の
十分の一を端数まできちんとしていました。
ですから、額が月々で違って来るのです。

ある日、そこの会計執事に呼ばれました。
そして、「あなたって正直な人ね。こんな
きっちりしなくても、自分で決めた額を毎月
すればいいのよ。」と・・・

私は、聖書を開きもう一度マラキ書を読みました。
「十分の一をことごとく、宝物倉に携えて来て、
わたしの家の食物とせよ。
こうしてわたしをためしてみよ。
ー万軍の主は仰せられる。ー
わたしがあなたがたのために、天の窓を開き、
あふれるばかりの祝福を
あなたがたに注ぐかどうかをためしてみよ。」マラキ 3 : 10
とあります。その前には、十分の一は神のものであることが
はっきり書かれています。

それを読んだ時、自分の収入だけではなく、
夫がノンクリスチャンであろうが全収入の十分の一だと・・
全収入の十分の一をやろうと決心したのですが、
夫はきっと怒るだろうなと不安がありました。
しかしみ言葉に
「神を愛するとは、神の命令を守ることです。
その命令は重荷とはなりません。」 1 ヨハネ 5 : 3
とあります。主の命令を守りたいとおもいました。

それから数ヶ月たち夫が知る時となり、
烈火の如く怒りました。
「お前は何を考えてるんだ!世の中の人はその十分の一が
貯蓄となっているんだよ!俺がどんな思いで働いていると
おもってるんだ!」と・・・
今思えば、恥ずかしいですが、傲慢だった私は
「あなたのその働く力も神が与えて下さったものでしよう」
と言ってしまったのです。「なにっ!」と手が出ました。

「俺はお前の信仰についていけん。
神を取るか、俺を取るか決めろ!」と・・
私は正直に言いました。
「私はイエス様から離れたら生きていけません、
たとえ、生きていたとしても生ける屍だと思います。」と
夫は「解った。暫く別れよう。お前は俺の性格を
知っているだろう。一年間は連絡もしないし
絶対に帰ってこん!」と言いました。

その時主は語られたのです。
「私はあなたの夫を帰し、人間をとる漁師にする。」と
わたしは神を信じました。
帰って来ないと言っていた夫が三ヶ月目に連絡があり
六ヶ月目に帰って来ました。
夫は悔しかったのだと思います。
私を風呂場に呼び、「お前の思う通りになると思うな。」と
私の首をしめました。でも平安でした。
この人が救われるならそれでいいとおもいました。

夫は手を離し後は何も言いませんでした。
十一献金の問題も納得したわけではないと思います。
しかし、神が祝福して下さり、守って下さっていることが
わかって来たのだと思います。
特に船を降り、陸の生活になってからは共に生活しているので
どんなに神の守りと助けがあるか分かったのだと思います。

鹿児島から長崎に移って来る時も、
主の方法をもって必要の経済を与えて下さいました。
長崎にきて一番困っている時、年金を貰えることが
解り手続きをとった時、それは三年間分だったので
私達が今まで手にした事のない金額でした。
私は祈りました。
「神様、夫が必ずあなたに十一をお返しできますように。」
と、叩かれてもいい、土下座してもこれだけはお願いしようと、
現金が振り込まれる当日、夫は言いました。
「支払うものがどこにどれだけあるのか。
きちんと書いて来い、。
それから十分の一は教会にいるやろ。」と、
えっ!と拍子抜けするくらい、土下座することなく
渡してくれたのです。それだけではありません
パトモスチームにも行っていいと行かせてくれたのです。

神様の勝利と奇跡のみ業です。
神様は真実なお方です。
十分の一献金をする事を通して、
実際的、経済的な必要と同時に、
霊的な必要をいつもいつも満たして下さいました。
問題や困難はあります。
しかし霊的に守られていたからどんな時でも
「主がおられるから大丈夫」と立て直して下さいました。
その時に必要な神の言を与えて下さいました。

神様に十分の一をお返しすることは
十一献金をすることは祝福の基です。




【2014/01/24 12:00】 | 未分類
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今、夫は毎週礼拝に来ています。
神の恵と助けによって、感謝です。

私は、始めての教会( 福音派 ) で、賛美歌にふれ
始めて聞く聖書の言にも意味がわからないのに
なぜか涙が溢れて止まりませんでした。
それが私の礼拝の出発点でした。

飢え渇いていたのだと思います。
問題の解決は聖書にあると求め続けました。
私には頼るものが何もなかったからです。
教会も罪人の集まりです。
色んな事があり時には「行きたくない。」と
思う事もありました。( クリスチャンになって間もない頃)

しかしそんな時、主は語られました。
「あなたは誰を礼拝するのですか?」と・・・
ハッ!としました。そうだ私は私を贖って下さった
主を礼拝するのだと,・・・

それから心を定めました。礼拝を守ると言う事に。
それと思いました。これから夫も子供達も救われてくる
そうすると「クリスチャンは礼拝するのは当然」という
事を知ってもらうには自分が実行するしかないと・・

憐れみ深い主は、子供達の運動会の時も夫が船から
降り帰って来た時も助け守って下さいました。
夫も子供達も淋しい思いをしたかも知れません
しかし、それが最善だと礼拝することがどんなに
素晴らしい事であるかということを知る時がくると
信じています。

数年前、まだ鹿児島にいる時礼拝から帰えると
家に鍵をかけてあり入れませんでした。
1 〜2回は後で開けてくれたのですが
3 回目は開けて貰えず市営住宅だったので
ドアの横の階段で寝ました。冬でしたがあまり
寒さは感じませんでした。
夫は寂しかったのだと思います。
私がもっともっと夫に関心を向けていれば
違ったかもしれません。
長崎に来てからも 2 ~ 3 回礼拝後に締め出され
教会に泊めてもらいました。
一回は夏だったので自分のアパートの屋上に
寝ました。とても不思議な平安がありました。
そんな夫が自分から進んで礼拝に来ています。
「ここに来ると心が安まる」と、主は不思議を
なさる方、人の心も変えていかれます。

私にとって礼拝は神様をもっとも近くに感じる
神様に触れられる時です。
ですから、第一礼拝は奉仕も何もかも横におきただただ
心から主を礼拝する事が出来る事を感謝しています。
主よ。今日は何を語って下さるのですか?
主よ。み言葉を下さい。と祈り求めて行く時
主は賛美の中でふれ、語り、メッセージを通してふれ
癒し、力を下さいます。

罪人の私を主を礼拝する者として下さった
主の愛に、十字架の愛に、十字架の恵に感謝します。
そして夫も礼拝する者として下さった事を感謝します。





【2014/01/23 21:52】 | 未分類
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愛なる主は、クリスチャンとなった私をまず
整えていかれました。

洗礼を受ける前にも、教えられた訳でもなく
もう仏壇にお花を飾ったり、供え物をあげたり
出来ないと思いました。
自宅には仏壇はなかったのですが、
義母に言われて義母の家の仏壇にやっていました。
義父の位牌があったからです。

義母に、イエス・キリストを信じてクリスチャンに
なったので、もう仏壇にお花や供え物をあげる事は
出来ないと・・・・
義母は、烈火の如く怒りました。
我が家は昔から仏教徒だと、
そんな西洋の神様なんかにと・・
私は、「申し訳ありませんが、もうできません。」と・・
すると義母が「○○○は(夫の名)何と言うとっとか?」と
「○○○さんは、それはお前の自由だから、構わんと言ってます。」
というと、怒ってた義母が「○○○がそういうなら仕様がない。」と
神様の助けと夫の守りのなかで偶像・仏壇と関わらなくても
いいようになったのです。
それから義母は仏事は一切、言って来なくなりました。

神様は、洗礼を受ける前に偶像問題もきちんと
させて下さったのです。

【2014/01/20 17:47】 | 未分類
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私が洗礼を受ける前の出来事です。
珍しく夫婦喧嘩をしました。
(喧嘩をする程の一緒にいる時が少なかったこともあります。)

夫は「お前の顔も見たくない! 別れよう!」と・・
私は言葉には出しませんでしたが、
「別れるなら、別れましょう!あなたは別れてから
きっと後悔するから、私ほどあなたに尽くしている
妻はいないから」と思った途端、ハッ‼︎としたのです。

私はいつもいつも気づかずにこう言う思いで
夫に接していたのではなかろうか?
命を張って家族の為に働いている夫を心から「お帰りなさい。」
と喜んで迎えた事があっただろうか?
自分ほど仕えている妻はいない。という傲慢な思い。
夫が帰ってくるのが楽しいという家庭をつくらなかったのは
私の方だと・・・・気づかされたのです。
自己中心の仕え方だったことに・・

夫に申し訳ないと思いました。
今度は私の方から「別れよう」と思いました。
自分の傲慢さに気づき「一緒に暮らして」と言えなくなって
しまったのです。

そんな時夫がお風呂場から「お〜い!背中を流せ!」と
呼びました。私は心の中で「ごめんなさい。至らない妻でした。
こんな妻を七年間ありがとうございました。
今度はいい人がきますように。」と感謝の心を込めて
背中を流しました。そして風呂から上がった夫に
「大事な話があります。」と正座すると、
夫は「もういい、解ればそれでいい、やりなおそう。」
と言いました。私が何も話さないうちに・・・
涙が溢れて止まりませんでした。

神様は洗礼を受ける前に私の傲慢さに気づかせて下さった
のです。それと同時に夫の寛容さも教えられました。
罪を悔い改めると同時にこの傲慢も悔い改め洗礼を受けました。

聖書に「妻たちよ。あなたがたは、主に従うように、
自分の夫に従いなさい。」とありますが
その時から神様は、私を「主に従う」という訓練を
していかれました。いろんなことを通して・・
そうでないと真に夫に従う事などできません。

私達の気づかないところで夫も私も整えていかれました。
失敗も益にかえて真の一体になるために
神様の働きを担うために・・・・

【2014/01/16 11:22】 | 未分類
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神様は生きて働いておられます。
聖書に
「神は死んだ者の神ではありません。
生きている者の神です。」 ルカ20 : 38
とあるように。

夫は今、当たり前のように礼拝に来ていますが
私達家族にとっては奇跡に値するような出来事です。
でも神様にとったら語られた神の言の実現を
約束された神の言の成就をされたのです。

私が33歳の時、イエス・キリストを信じ洗礼を受けたいと
言うと「それはお前の自由だから構わん!ただ俺に教会に
行こうとか、周りにいうな!」とだけ言いました。
その頃は船に乗っていたので一緒にいる時の方が少ない時
でした。そして私は洗礼を受けました。

信仰生活31年になり今まで夫が怒ったり、怒鳴ったり、した
事など数多くありますが、最終的には私の自由にさせてくれました。
それは神様が働いて下さっている事と、
神様が「あなたの夫を人間をとる漁師にする」と語られた言を
信じたからここまで来れたのだと思います。

何回か別れようと思った時もあります。
しかしその度に「神様、もう駄目です。やれません。」と祈ると
神様は、私にはない夫の良さをいっぱい思い起こさせ一体だと
言われるのです。
私のために命を捨てて救い、愛して下さっている主に言われたら
最善しかなさらない主ですから「わかりました。愛せるように
助けて下さい。」と祈るしかありません。

この頃思います。夫に対して私の方が壁をつくっていたのでは
ないかと・・・・夫が病気になってその壁が取れたような気がします。

【2014/01/14 10:54】 | 未分類
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今朝、夫が「昨日、礼拝の時、ここをよ(腕のところ)
ちよっと引っ張る人がいて、えっ!と思って
見ると、ぶどう酒が目の前にあってどうやら俺、
いつの間にか寝てたらしい。」と・・・

「ええっ、お父さん寝てたの?」と聞くと、
ああ、あんまり気持ち良くていつの間にか
寝たらしいと・・・・
平安で気持ち良くなったのはわかるけど・・・

不思議です。「教会のきの字もいうな!」と言うほど
怒っていた人が教会で寝るまでになるとは・・・
礼拝中に寝るというのが何とも言えませんが・・・
メッセージ中は起きていたということを願いますが・・・

【2014/01/13 18:39】 | 未分類
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今日、不思議な体験をしました。
ちょつと悲しい事があり涙が溢れそうになりました。
「イエスさま。」と祈りともつかない言葉がでました。
すると心を覆っていたものがすっ〜と消えていったのです。
消えていくというより何かにすっ〜と吸い込まれたような
感じでした。 そしてはっ!としました。
イエス様が十字架に吸い込んで下さったのだと・・・・

以前叩かれた時、痛みが全くなくただ、じんじんと
痺れだけが残っていました。
その時イエス様が負って下さったのだと思いました。
その時と同じ感覚です。すっ〜と無くなり後はなんとも
ないのです。かえって喜びが湧き上がってきたのです。

聖書にあるイザヤ書のみ言葉が浮かんできました。
「まことに、彼は私たちの病を負い
私たちの痛みをになった。」イザヤ 53:4
イエス様が十字架でになわれた。
十字架に痛みも悲しみもすっ〜と吸い込まれたようでした。
十字架の愛の深さを思います。
この愛を、イエス・キリストの十字架の愛を
夫がさらに知り主に喜んで従う者となりますように。
いつもいつも共にいて下さり全てを負って下さる主。
本当に感謝します。


【2014/01/11 17:54】 | 未分類
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今日はひさびさに夫の散髪をしました。
寒いからまだいいとなかなか散髪を
したがらなかったのですが、今日は
お風呂を沸かして欲しいというので
散髪もしょうかと言うとそうだなと
応じました。

昨年から今年にかけて風邪もひくこと
なく助かっています。
みかんをたくさん食べてるからかな?
多い時は一回で4~5個食べることも・・
寒くて殆んど散歩にいっていないので
暖かい日、時間を選んで散歩へ
行けますように。

【2014/01/09 17:14】 | 未分類
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夫が病気になり、本当に人格も変わりました。
お酒も飲まなくなった事もあってか、怒らなく
なりました。言葉もすっ〜と出なくなった事も
あると思うのですが・・・

それと聞くようになった事です。
以前は子供達がまだ小さい子供達が
自分のおやつをお父さんに食べられた。
とよく騒いでいました。
長女などは、「これ○○のもの。食べないで!」と
張り紙をして冷蔵庫などに入れてありました。
酔った勢いでよく食べられてしまったからです。

それが今や、私と二人なので何でも有る物は
食べていいと思うのですが・・・
あれ、食べていいんか?と聞いてきます。
こんなにも変わるのかと思う程・・・
主はもっともっと色んな事を通して変えていかれるのだと
おもいます。
主よ。夫が神の言に満たされますように。
神の言に養われますように。

【2014/01/08 14:12】 | 未分類
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先日、夫が涙を流していたことを書きました。
夫は以前は、人の前で泣く人ではありませんでした。
「男が人の前で泣けるか!」というタイプの
人でしたので・・聞こえはいいですが、
片意地張って、突っ張って生きていたのだと
思います。又そうでないと生きて行けない世界
だったのだと思います。

生きるか死ぬか、殺るか殺られるか、そういう世界で
生き、心休まる時がなかったのだと思います。
不器用な人なので、船を降りてからも陸の仕事を
し始めましたが大変でした。
本人が一番苦しかったと思います。

脳梗塞にかかり、神様に出会ってから本当に
変わりました。泣けるようになったのです。
体の癒しと同時に心も癒されていきました。
「教会!教会って!お前はバカか!
お前のバカは死んでもなおらん!」と怒鳴って
いた夫が教会に来て、「ここに来ると心が休まる」と
言うようになったのです。

夫は病気を通して弱く弱くされました。
そして弱い自分を認めたのです。
弱い自分を知った時、神様がわかったのです。
悲しい時、嬉しい時、涙が流せる様になったのです。
更に癒しが進んでいます。
イエス・キリストの深い十字架の愛を知ったら
号泣するかもしれません。
身も心も完全に癒され主のしもべに夫婦共々なれるよう
祈って行きます。

【2014/01/07 11:01】 | 未分類
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昨日のみ声新聞に、息子の船員時代
神に助けられた記事が出ていました。
抜粋すると
「自分はマグロ漁船の漁師を20年して
いました。最初は当時漁師をしていた父と
一緒に船に乗り太平洋に出て仕事を教わりました。
仕事に関しては自分にも他人にも厳しい父でしたが
『いいか、船の中に大波が押し寄せて来たら仕事を
投げ出していいから、何か物にしがみつけ。
海に落ちたら終わりだと思え。』と叱咤された事が
ある。」と書いてあった所があったので、

夫に「お父さん、○○がお父さんの事を少し書いているよ。
と見せると、しばらく読んでいましたが涙を流していました。
いろんな思いがあるのでしよう。
昔の事を思い出したのか・・
海の上でしかわからない事が、私には理解出来ない事が
あると思います。しかし主は御存知です。
どんな苛酷な船員時代に受けた傷みも癒し祝福して
用いて下さいます。

【2014/01/06 08:30】 | 未分類
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今日は礼拝する日。
午前3時40分。早朝礼拝に
間に合う為にいつもより早く
起き、夫の朝.昼.夕食の準備をする。

今日の昼食は巻き寿司にした。
一つは椎茸が食べれない息子の
為に椎茸抜き。
2種類の巻き寿司になってしまった。

変わった体質でレーズンで蕁麻疹が
出たそうである。
夫と共に船に乗り逞しくはなったはずなのだが・・・
明日は帰ってしまうけど男同士の話しが
出来ただろうか?
以前帰ってきた時、親父が弱くなってたので
びっくりしたと言っていたが、今はなおだろう。

しかし神様は弱くして用いていかれる。
夫の弱さも、息子の弱さもご承知の主が
同じ巻き寿司でも2種類あるように、
それぞれ整えて主の方法で用いて下さるでしょう。
感謝して祈って行きます。

【2014/01/05 09:56】 | 未分類
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昨日、長女が帰って行きました。
断食祈祷会から帰って「何時頃帰った?」と
聞くと、「3時頃だったかな?」と・・

夫いわく
「特別礼拝から帰って見ると何か声が
するもんで、なんやろ?と思って上がって
見るとあいつがマラソンを見てて、一人で
いけ!いけ!と盛りあがっとった。」
それからいろんな事を話してくれ、最後に
「まっ、あいつらしい。」と・・・

娘は一人でブラブラするのが好きで
グラバー園やココウォーク等言った様です。
夜は、娘と話ができ今の状況を知る事ができ
感謝してます。
いろんな困難が許されているようですが
神様が働き始めておられる事を感じました。
具体的に祈って行こうと思います。
夜、無事に着いた。ありがとう。と連絡が
ありました。

【2014/01/04 08:31】 | 未分類
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長男、長女と帰ってきて賑やかになっています。
しかし、私が断食祈祷聖会に参加しているため
全員揃うというのは夜ぐらいですが・・・

長女が家事を手伝ってくれるので助かって
いますが・・・(ちよっとうるさい小姑?感謝です)
夫も子供がいようがいまいがマイペースです。
一人一人をみていて、本当にそれぞれに個性があり
( あり過ぎかもしれません。)
主がいて下さらなかったら、きっとバラバラでしよう。
休暇があっても帰って来なかったかもしれません。

それぞれの個性が用いられて神の働きができ
生かされている喜びを知ったらいいなあと思っています。
長女もいろんな困難が許されていて今が祈り時かなと思います。
み言葉を信じて祈ります。

【2014/01/02 12:49】 | 未分類
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今日は2014年1月1日。
特別礼拝が11時からありました。
来るかね?どうするかね?( 夫 が )と
息子と話してたところ、私は準備があるので
早く出かけようとしていると、夫の方から
「何時からやったけね?」と聞いてきました。
感謝です。心配することなかれ行くつもりで
いたようです。

長女は「いや、いかん!」の一言でしたが
神様は真実なるお方。
共に家族で礼拝する時を定めておられます。
今の状況を主にあって喜びます。

特別礼拝は、フィリピンの方々と共に
非常に祝福された時でした。
礼拝後の愛餐会?の時もとても御臨在ある
祝福の時でした。

【2014/01/01 17:47】 | 未分類
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