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5月8日、63歳の夫が脳梗塞で緊急入院、一度は命が危ないと言われ、左半分は麻痺となった。9月の退院と言われつつ、7月の末には、歩けるようになり、4階にある我が家へ自分の足で歩き退院し帰宅した夫。
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わたしは必ずあなたを祝福し、

あなたを大いにふやす。

こうして、アブラハムは、

忍耐の末に、約束のものを得ました。

ヘブル 6 : 14 ~ 15

神のことばを握り、忍耐を持って待ち望み
神のことばの成就を見ていきます。

【2019/05/15 09:07】 | 未分類
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神は正しい方であって、

あなたがたの行いを忘れず、

あなたがたがこれまで聖徒たちに仕え、

また今も仕えて

神の御名のために示したあの愛を

お忘れにならないのです。

ヘブル 6 : 10

今日のデボーションより

【2019/05/15 09:01】 | 未分類
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その日、すなわち週の初めの日の夕方のことであった。

弟子たちがいた所では、ユダヤ人を恐れて戸が閉めてあったが、

イエスが来られ、彼らの中に立って言われた。

「平安があなたがたにあるように。」

ヨハネ 20 : 19


イエスはもう一度、彼らに言われた。

「平安があなたがたにあるように。

父が私を遣わされたように、

わたしもあなたがたを遣わします。」

ヨハネ 20 : 21


イエス様がどんな時にも
「平安があるように」と言ってくださる。
どのような時にも主が共にいてくださり
主の平安を与えてくださることを感謝します。

【2019/05/14 17:19】 | 未分類
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イエスは涙を流された。
  ヨハネの福音書11章35節

主イエスが愛するラザロのところに来た時、
もうラザロは死んで
墓の中に入れられて四日もたっていました。

ラザロの姉のマルタは、
イエスが来られたと聞いて迎えに行き
「主よ。もしここにいてくださったなら、
 私の兄弟は死ななかったでしょうに。
 今でも私は知っております。
 あなたが神にお求めになることは何でも、
 神はあなたにお与えになります」
とイエスに向かって言いました。

マルタは、
終わりの日のよみがえりの時に、
彼がよみがえることは知っていました。
でもまさか、
今、ラザロが生き返ってくるとは
思いもしませんでした。
それはマリヤも同じでした。

マルタが姉妹マリヤを呼びに行くと、
マリヤは、イエスのおられた所に来て、
お目にかかると、
その足もとにひれ伏して言いました。
「主よ。もしここにいてくださったなら、
 私の兄弟は死ななかったでしょうに」と。
マルタもマリヤも
イエスがいてくれさえすれば、
必ず癒されると信じていたのです。
でも、今、生き返るという復活の信仰は、
持っていませんでした。
というより思いもしなかったでしょう。

イエスは、彼女が泣き、
彼女といっしょに来たユダヤ人たちも
泣いているのをご覧になると、
霊の憤りを覚え、心の動揺を感じて、
言われました。
「彼をどこに置きましたか。」
彼らは答えました。
「主よ。来てご覧ください」

この時、
イエスは涙を流されたのです。

イエスは本当に
ラザロを愛しておられました。
マルタとマリヤも
心から愛しておられました。

父なる神の御心は、
ラザロをよみがえらせることでした。
主イエスは
だからラザロが死ぬことを受け入れられ、
これからラザロを生き返らせるのです。
でも、目の前でマリヤが泣き、
マルタの心の痛みを見たとき、
ラザロとこの姉妹たちに対する愛が
溢れ出て涙が止まらなくなりました。
イエスは、愛情の豊かな方です。
この方は
愛と憐れみに満ちておられるのです。

あなたの悲しみや痛み、
心の悩みや叫びを理解するだけでなく、
それを心で感じ取ってくださり、
共に涙を流し泣いてくださる方です。

本当に一緒に
悲しみ痛んでくださる方がいると
人は癒され悲しみは半減するのです。
主イエスは、
あなたと共に泣き、悲しみ、
苦しんでくださいます。
そして、
あなたとともに喜んでもくださいます。

イエス・キリストは、あなたを
本当に心から愛しておられるからです。

「聖書って、こんなにおもしろい」より

【2019/05/13 17:21】 | 未分類
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J牧師のお父様が天に召され、
土曜日の夜、前夜式に行ってきました。

J牧師や弟さんは家族だけで静かに?
送ろうと思っておられたようですが、
土曜日にも関わらず、九州管内の牧師の方々も
来られ、式次第の用紙が足りなくてコピーする程でした。

主の御臨在ある前夜式でした。
J牧師が「父の思い出」として語られた事が
心に残りました。

最初はお父さんとJ牧師は上手くいかなくて
( まだお父さんが病気でない時 ) 自分は父親の批判を
していたと・・・でも共に生活するうちに
お父さんの愛がわかってきたと話されました。

お母さんが天に召された時、
これから父親とどうやって過ごすのだろうと
思っていたと・・・
でも生活していく中でお父さんの愛を知ったと
自分が癌になって手術した時を車椅子で
見舞いに来て、心配して何度も電話もくれたと
私はこんなに愛されていたんだと知ったと
語っておられました。

お父さんがあまり長くないとわかった時
J牧師は「寂しい」と言っておられました。
自分の方が備えが出来てなかったと・・・・

神様は素晴らしいお方です。
主が語られた事に従う時
J牧師のお母さんを救い、お母さんの前夜式で
お父さんを救い、お父さんを病床で洗礼へと
導ちびき天に召されました。

イエス様の素晴らしさを思います。
親子間の癒しを与え回復を与られました。
イエス様の愛の深さを思います。
お父さんを97年かけて執り成しお父さんの
心の扉を叩き続けて下さった。

J牧師は勿論、祈り続けて来られました。
今度は弟さん家族のために祈り続けられると
思います。教会と共に・・・・
御臨在溢れる前夜式でした。




【2019/05/12 15:58】 | 未分類
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長女からのバックのプレゼント


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次女からのソープフラワー


本当に感謝です。
長女から、バックのプレゼントが・・・
次女からは香りのいいソープフラワーが届きました。
嬉しくてお礼のメールを送りました。

長女からは母の日だからと返信があり
次女のプレゼントには
「いつも、ありがとう」のメッセージガードが
入ってました。

母親らしい事はしていないのですが、
でもとても嬉しいでした。
これからも子供達が主に守られ祝福がありますように。





【2019/05/10 17:29】 | 未分類
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導く人がなければ、どうしてわかりましょう」
使徒の働き8章31節

あるとき主の使いが伝道者のピリポに
「立って南へ行き、
 エルサレムからガザに下る道に出なさい」
と、ものすごく具体的に語ってきました。

ピリポがその言葉に従い行ってみると、
丁度エチオピヤ人の女王カンダケの高官が、
エルサレムに礼拝に行った帰りで、
馬車に乗っていました。
すると御霊がピリポに
「近寄って、あの馬車といっしょに行きなさい」
と言われます。
今度は聖霊でした。

皆さんも内に住んでいる聖霊様の促しを
感じることがあると思います。
もちろん見分け、吟味が必要です。
この時は、はっきり聖霊に語られ、
馬車に近寄ってみると、
イザヤ書を読んでいる声が聞こえて来たのです。
しかも53章でした。

つまり旧約聖書の中で
イエス・キリストの十字架を語るのに
一番良い場所を読んでいたのです。

私たちが本当に神と交わって行くと、
試練や困難の中でさえ、
見事な神の助けが起こるのです。

「わかりますか」と聞くと、宦官が
「導く人がなければ、どうしてわかりましょう」
と言います。ビリポは、
そこからイエス・キリストの話をすると、
この人は信じて、救われて、洗礼を受けるのです。
これは御霊の導きです。

神さまにはえこひいきはなく、
あなたにも必要なことを語ってくださいます。
神はあなたを愛しておられるので、
あなたに最善を与えてくださり、
あなたを通して
他の人々にも助けと救いを与えられるのです。

「聖書って、こんなにおもしろい」より

【2019/05/10 17:14】 | 未分類
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あなたがたがわたしを選んだのではありません。

わたしがあなたがたを選び、任命したのです。

それは、あなたがたが行って実を結び、

そのあなたがたの実が残るためであり、

また、あなたがたがわたしの名によって

父に求めるものは何でも、

父があなたがたにお与えになるためです。

ヨハネ 15 : 16

【2019/05/10 17:09】 | 未分類
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こうして神のことばは、ますます広まって行き、
エルサレムで、弟子の数が非常にふえて行った。
そして、多くの祭司たちが次々に信仰にはいった。
使徒の働き6章7節

初代教会は、弟子たちが日々増し加わり増えていきました。
するとギリシヤ語を使うユダヤ人たちと
ヘブル語を使うユダヤ人たちの間で問題が起きました。

ギリシャ語を使うユダヤ人たちのやもめたちが、
毎日の配給でなおざりにされていたのです。
十二使徒は弟子たち全員を呼び集めて
「私たちが神のことばをあと回しにして、
 食卓のことに仕えるのはよくありません。

 そこで、兄弟たち。
 あなたがたの中から、御霊と知恵とに満ちた、
 評判の良い人たち七人を選びなさい。
 私たちはその人たちを
 この仕事に当たらせることにします。
 そして、私たちは、
 もっぱら祈りとみことばの奉仕に励むことにします」
と言って、信仰と聖霊とに満ちた人ステパノ、
およびピリポ、プロコロ、ニカノル、テモン、
パルメナ、アンテオケの改宗者ニコラオを選び、
使徒たちの前に立たせて、
手を彼らの上に置き祈って任命しました。

その後からです。
神のことばは、ますます広まって行き、エルサレムで、
弟子の数が非常にふえて行きました。
そして、
多くの祭司たちが次々に信仰にはいったのです。

教会が成長したとき、問題が起こりましたが、
それを通して、
弟子たちの役割、使命がはっきりとし、
使徒たちは、自分たちの使命である
祈りとみことばに専念することができ、
みことばはますますエルサレム中に広まっていきました。

そして弟子の数が非常に増え、
何とユダヤ教の祭司たちまでもが
多くキリストを信じ信仰に入ったのです。

私たちも、教会が成長し、人々が増えてくるとき、
問題が起こることは避けられません。
しかし、その問題を通して、
神様は、より教会を強くし、
一人ひとりを立つべき場所に立たせて
使命に生きることができるようにしてくださるのです。


そして、教会はますます弟子が増えていき、
他宗教の指導者たちも悔い改め、
偶像をかなぐり捨てて、
キリストを信じる生きた信仰を持つようになるのです。

「聖書って、こんなにおもしろい」より

【2019/05/09 09:31】 | 未分類
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今日は雨です。
今日のお迎えは女性のスタッフの方でした。
夫の心が穏やかでありますように。
リハビリを楽しんでやれますように。

【2019/05/09 09:25】 | 未分類
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父がわたしを愛されたように、

わたしもあなたがたを愛しました。

わたしの愛の中にとどまりなさい。

もし、あなたがたがわたしの戒めを守るなら、

あなたがたはわたしの愛にとどまるのです。

それは、わたしがわたしの父の戒めを守って、

わたしの父の愛の中にとどまっているのと同じです。


わたしがこれらのことをあなたがたに話したのは、

わたしの喜びがあなたがたのうちにあり、

あなたがたの喜びが満たされるためです。

ヨハネ 15 : 9 ~ 11

今朝のデボーションのみ言葉より

【2019/05/09 09:17】 | 未分類
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神は、私たちが行った義のわざによってではなく、

ご自分のあわれみのゆえに、

聖霊による、新生と更新との洗いをもって

私たちを救ってくださいました。

神は、この聖霊を、私たちの救い主なる

イエス・キリストによって、

私たちに豊かに注いでくだたさったのです。

テトス 3 : 5 ~ 6

今朝のデボーションより

【2019/05/08 09:45】 | 未分類
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人に従うより、神に従うべきです。
使徒の働き5章29節

弟子たちを通して、いやしと奇跡が起こり、
大ぜいの人が連れてきた病人や、
汚れた霊に苦しめられている人の
全部がいやされました。

すると、
大祭司をはじめ、サドカイ派の者はみな、
ねたみに燃えて立ち上がり、
使徒たちを捕え、留置場に入れました。
ところが、夜、
主の使いが牢の戸を開き、彼らを連れ出し
「行って宮の中に立ち、
 人々にこのいのちのことばを、
 ことごとく語りなさい」と言いました。

彼らはこれに従い、
夜明けごろ宮にはいって教え始めます。
一方、大祭司とその仲間たちは、
使徒たちを引き出して来させるために、
役人たちを獄舎にやりました。
ところが行ってみると、
牢の中には彼らがいなかったのです。

「獄舎は完全にしまっており、
 番人たちが戸口に立っていましたが、
 あけてみると、中にはだれもおりませんでした」
宮の守衛長や祭司長たちは、
いったいこれはどうなって行くのかと、
使徒たちのことで当惑してしまいました。

そこへ
「大変です。あなたがたが牢に入れた人たちが、
 宮の中に立って、人々を教えています」
と報告がきました。
宮の守衛長は役人たちといっしょに出て行き、
使徒たちを連れて来ました。
しかし、人々に石で打ち殺されるのを恐れて、
手荒なことはしませんでした。

大祭司が使徒たちに
「あの名によって教えてはならないと
 きびしく命じておいたのに、何ということだ。
 エルサレム中にあなたがたの教えを広めてしまい、
 そのうえ、あの人の血の責任を
 われわれに負わせようとしているではないか」
と問いただすと、
ペテロをはじめ使徒たちは答えました。
「人に従うより、神に従うべきです。
 私たちの先祖の神は、
 あなたがたが十字架にかけて殺したイエスを、
 よみがえらせたのです。

 そして神は、
 イスラエルに悔い改めと罪の赦しを与えるために、
 このイエスを君とし、救い主として、
 ご自分の右に上げられました。
 私たちはそのことの証人です。
 神がご自分に従う者たちにお与えになった
 聖霊もそのことの証人です」
使徒たちは、捕らえられたとしても
死をも恐れずに大胆に福音を語り続けました。
いつも主が共におられ、特別な助けがありました。

今も主は生きておられます。
私たちが福音を語り続けるための力を与え、
特別な助けを与えてくださいます。

恐れずに大胆に
イエス・キリストの福音を
宣べ伝え語り続けていきましょう。


「聖書って、こんなにおもしろい」より

【2019/05/08 09:11】 | 未分類
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今朝は、5月なんですけど?と
突っ込みたくなるような肌寒さでした。

夫は今日はディサービスの日です。
わたしの方が早く家を出てしまうので( 教会 )
気になるのでしょうか ? まだお迎えまでは
2時間以上もあるのに玄関に椅子を
出したりしています。

これから何回か夫はトイレに行きます。
かえって邪魔になると思うのですが
言い出したら聞かない人なので
ただ黙って見守っています。

わたしがトイレに入っているのが
わかっていながら「おーい!ズボンはよ!」と
叫んでいます。
( あぁ、もう、トイレぐらいゆっくりはいらせてよ!
いえいえ、感謝!感謝 )

「出してあるでしょう。」
「どけよ!」
「その上着と一緒の所」
「なんで、こんな所に置くとよ!」
「いやいや、お父さんが自分で動かなくてもいいようによ。」

何か、今朝は主にないものが動いているようです。
主よ。平安がお互いに与えられますように。
特にわたしを憐れみ、すぐに感謝できますように。
この5月意識して、感謝と賛美をささげられますように。

【2019/05/07 10:53】 | 未分類
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わたしに仕えるというのなら、

その人はわたしについて来なさい。

わたしがいる所に、わたしに仕える者もいるべきです。

もしわたしに仕えるなら、

父はその人に報いてくださいます。

ヨハネ 12 : 26


イエス様の側に、いつもいる事が出来ますように。
主は低くなられて、人々に仕えられました。
イエス様、助けを与えて下さい。
あなたを愛する思いを
仕えたいという思いを与えて下さい。
イエス様のお側にいる事が出来ますように。

【2019/05/07 10:35】 | 未分類
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先日、長崎で九州賛美予選大会が開かれました。
どれもどれも素晴らしかったのですが
祈りながら ( わたしの奉仕は祈りなので、
会堂に入らずその隣の部屋で賛美大会のために祈ります)
ある方の賛美を聞き祈りながら
主の素晴らしさを思わされました。

彼女は病気で辛いところを何年間か通られました。
独学でギターを学び今は病気も癒され
礼拝の賛美奉仕やあちこちの路上賛美や
施設や病院などでコンサートをしておられます。

その方の賛美を聞いた時に
すっーと、賛美が心に入ってくるのです。
神様の生ける水が染み入るように・・・
この方の今までの病も何一つ無駄にはなさらず
同じように苦しんでいる人、傷んでいる人
病を持っている人々に
この賛美を通して神様の生ける水を
染み込ませていかれるのだなあと思いました。

終わった後でその方に
祈りながら気付かされた事を話しました。
その方も嬉しい。励まされますと言われてました。

彼女が大変な時に、その時同じ教会でしたので
本当に神様の癒しの業と全てを益に変えられ
用いていかれる主の素晴らしさを思わされ
主をほめたたえずにはおれませんでした。

彼女をさらに用いて下さいますように。
彼女が通ってきた全てを益に変え賛美を通して
神の生ける水が、愛が、人々に触れ
人々が生かされていきますように。

【2019/05/06 16:36】 | 未分類
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まことに、まことに、あなたがたに告げます。

一粒の麦がもし地に落ちて死ななければ、

それは一つのままです。

しかし、もし死ねば、豊かな実を結びます。

自分のいのちを愛する者はそれを失い、

この世でそのいのちを憎む者は

それを保って永遠のいのちに至るのです。

ヨハネ 12 : 24 ~ 23




【2019/05/06 16:07】 | 未分類
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その全部がいやされた。
    使徒の働き5章16節

初代教会において、
イエス・キリストの弟子たちを通して、
主イエスはしるしと不思議を行い、
癒しと奇跡、
悪霊追い出しが次々に起こりました。

それで、人々は病人を大通りへ運び出し、
寝台や寝床の上に寝かせ、
12弟子の筆頭弟子であるペテロが通りかかるときには、
せめてその影でも、
だれかにかかるようにするほどになりました。
また、エルサレムの付近の町から、大ぜいの人が、
病人や、汚れた霊に苦しめられている人などを
連れて集まって来ましたが、
その全部がいやされたのです。

同じことを神様は、
この終末の時代にも現して下さいます。
あなたが主の弟子となり、
主イエスの導きに従って祈るとき、
癒しと奇跡が起こり、
口を開いてみことばを語り命じるとき、
悪霊は追い出され、救いが起きるのです。

「聖書って、こんなにおもしろい」より

【2019/05/06 14:33】 | 未分類
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「主イエスを信じなさい。
 そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます。」
              使徒の働き16章31節

パウロが
「この人たちは、いと高き神のしもべたちで、
救いの道をあなたがたに宣べ伝えている人たちです」
と叫び続けて宣教の妨げをする
占いの霊につかれた若い女奴隷から
「イエス・キリストの御名によって命じる。
 この女から出て行け」と言って霊を追い出すと、
もうける望みがなくなった彼女の主人たちは、
パウロとシラスを捕え、
役人たちに訴え、群衆を扇動し、
ふたりを牢に入れました。

長官たちは、
ふたりの着物をはいで何度もむちで打たせてから、
ふたりを牢に入れて、
看守には厳重に番をするように命じました。
看守は、
ふたりを奥の牢に入れ、
足に足かせを掛けました。

女奴隷を占いの悪霊から解放したことよりも、
お金儲けができなくなったことの方が
主人たちには問題でした。
その結果、パウロとシラスは奥の牢に入れられ、
足かせをかけられ、厳重な番をつけられたのです。

しかし、パウロとシラスは落胆したり、
怒ったり嘆いたりはしませんでした。
彼らはその奥の牢の中で真夜中ごろ、
神に祈りつつ賛美の歌を歌いました。
ほかの囚人たちは聞き入っていました。

すると、突然、
大地震が起こって、獄舎の土台が揺れ動き、
たちまちとびらが全部あいて、
みなの鎖が解けてしまったのです。
目をさました看守は、
見ると、牢のとびらがあいているので、
囚人たちが逃げてしまったものと思い、
剣を抜いて自殺しようとしました。
当時は囚人を逃すと、
看守が責任をとって殺されたのです。
今までの囚人たちは、
すきあらば脱獄しようといつもしていました。
ですから当然、地震で鎖が解け、扉が開いたので、
みんな逃げてしまったと思ったのです。
でも誰1人逃げていなかったのです。

パウロは大声で
「自害してはいけない。私たちはみなここにいる」
と叫びました。
看守はあかりを取り、駆け込んで来て、驚きました。
囚人たちがいるのです。
誰1人逃げていないのです。
地震より、このことの方が看守には驚きでした。
信じられない光景でした。

看守はパウロとシラスとの前に震えながらひれ伏し、
ふたりを外に連れ出して
「先生がた。
 救われるためには、何をしなければなりませんか」
と聞きました。ふたりは
「主イエスを信じなさい。
 そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます」
と答えたのです。

看守は、その夜、時を移さず、
ふたりを引き取り、その打ち傷を洗いました。
パウロとシラスは、
彼とその家の者全部に主のことばを語り、
そのあとですぐ、
彼とその家の者全部がバプテスマを受けました。

それから、
ふたりをその家に案内して、食事のもてなしをし、
全家族そろって神を信じたことを
心から喜んだのです。

パウロとシラスが、
不条理な仕打ちを受けたその牢の中で、
神に向かって祈り賛美した時、
今まで悪いことばかりしてきた囚人たちは、
生まれて初めて神のきよい聖なる臨在に触れ、
神のアガペーの愛に満たされたのです。
その時、彼らは変えられました。
真夜中に黙って彼らの声に聞き入っていたのです。

パウロとシラスが、
そんなに歌が上手かったとは思いません。
でもパウロとシラスは、
最悪と思えるどん底の中で
主イエスに向かって賛美をささげ
感謝の祈りをしていたのです。

囚人たちは救われました。
目の前で鎖が溶け、
扉が開き、彼らは自由になりました。
逃げることができるのです。
でも彼らは逃げませんでした。

自分たちの罪に本当に気づいた彼らは、
悔い改めていたからです。
看守は囚人たちのあまりの変化に驚きました。
おそらく全く表情が変わっていたのでしょう。
看守はわかりました。
この方たちは本物だ。
この方の信じている方は、間違いなく救い主だと。
そして、彼も彼の家族も救われたのです。
喜んで洗礼、バプテスマを受けました。

これが賛美の力、感謝の祈りがもたらす祝福です。
あなたも、最悪と思える不条理の只中で、
主イエスに向かって感謝し祈り賛美しましょう。
神の手が必ず動き始めます。

「聖書って、こんなにおもしろい」より

【2019/05/06 05:03】 | 未分類
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「神がきよめた物を、きよくないと言ってはならない。」
              使徒の働き10章15節

イエスの弟子であったペテロは旅の途中で、
祈りをするために屋上に上りました。
昼の十二時頃でした。
彼はとてもお腹が空いていたので、
食事をしたくなったのですが、
食事の用意がされている間に、
うっとりと夢ごこちになってしまい夢を見ました。

見ると、天が開けており、
大きな敷布のような入れ物が、
四隅をつるされて地上に降りて来たのです。
その中には、
地上のあらゆる種類の四つ足の動物や、
はうもの、また、空の鳥などがいました。

そして、彼に「ペテロ。さあ、ほふって食べなさい」
という声が聞こえました。
ペテロは驚いて言いました。
「主よ。それはできません。
 私はまだ一度も、きよくない物や汚れた物を
 食べたことがありません」
すると
「神がきよめた物を、
 きよくないと言ってはならない」
と再び声がありました。

こんなことが三回あって後、
その入れ物はすぐ天に引き上げられたのです。
こののち、
異邦人のコルネリオから遣わされた人たちが、
彼の家を訪ねてきます。

ペテロは、御霊に
「彼らといっしょに行きなさい。
 彼らを遣わしたのはわたしです」と言われ、
彼らを中に入れて泊まらせて、
明くる日、彼らといっしょに出かけ、カイザリヤで、
コルネリオの親族や親しい友人たちに
福音を語りました。

ユダヤ人にとって、
異邦人とともに食事をしたり生活を共にすることは
とんでもないことでした。
しかし、ペテロに対して主イエスは、
はっきりと示されたのです。

異邦人であっても
神がきよめたものをきよくない
と言ってはいけないということを。
それでペテロは彼らに
「これで私は、はっきりわかりました。
 神はかたよったことをなさらず、
 どの国の人であっても、
 神を恐れかしこみ、正義を行なう人なら、
 神に受け入れられるのです。」と語りました。

私たちも自分の尺度や考えで、
人を判断したり見てしまいます。
でもイエス・キリストの眼差しは、
こうでなければならない、
こうであってはならないという律法ではなく、
全てを赦し、全てを信じ、
全てを期待する愛なのです。

このイエス・キリストの眼差しによって、
あなたも私も見ていただき生かされるのです。

ですから、私たちも、
この眼差しを用いて人々を見ていきましょう。
聖霊様の助けをいただいて・・。

「聖書って、こんなにおもしろい」より

【2019/05/04 16:14】 | 未分類
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聖書はあなたに知恵を与えて
キリスト・イエスに対する信仰による救いを
受けさせることができるのです。

聖書はすべて、神の霊感によるもので、
教えと戒めと矯正と義の訓練とのために有益です。
それは、神の人が、すべての良い働きのために
ふさわしい十分に整えられた者となるためです。

II テモテ 3 : 15 ~ 17

今日のデボーションより



【2019/05/04 14:40】 | 未分類
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「わたしは、良い牧者です。
良い牧者は羊のためにいのちを捨てます。
ヨハネ 10 : 11

わたしの羊はわたしの声を聞き分けます。
またわたしは彼らを知っています。
そして彼らはわたしについて来ます。

わたしは彼らに永遠のいのちを与えます。
彼らは決して滅びることがなく、また、
だれもわたしの手から彼らを奪い去るような
ことはありません。

わたしに彼らをお与えになった父は、
すべてにまさって偉大です。
だれもわたしの父の御手から彼らを
奪い去ることはできません。
わたしと父とは一つだからです。」
ヨハネ 10 : 27 ~ 30

み言葉にあるように、
羊飼いであるイエス様の声を聞き分ける
事ができる事を信じて感謝します。
いつも主の側にいれるようにして下さって
いる事を感謝します。

【2019/05/04 14:25】 | 未分類
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このイエス・キリストはすべての人の主です。
使徒の働き10章36節

弟子のペテロは、カイザリヤについて、
異邦人のコルネリオたちに、
口を開いて語り出しました。
「これで私は、はっきりわかりました。
 神はかたよったことをなさらず、
 どの国の人であっても、
 神を恐れかしこみ、正義を行なう人なら、
 神に受け入れられるのです。

 神はイエス・キリストによって、平和を宣べ伝え、
 イスラエルの子孫にみことばをお送りになりました
 このイエス・キリストはすべての人の主です」と。
そして福音を語り出しました。

神がナザレのイエスに聖霊と力を注がれたこと。
イエスは、神がともにおられたので、
巡り歩いて良いわざをなし、
悪魔に制せられているすべての者をいやされたこと。
人々はこの方を木にかけて十字架で殺したけれども、
神はこのイエスを三日目によみがえらせ、
弟子である彼らに現われてくだったこと。


イエス・キリストはユダヤ人だけではなく、
異邦人、すべての人の主であり救い主なのです。

イエス・キリストだけが、
あなたと私の罪の代価を払って、
私たちを死と地獄から、
救い出し助けてくださる方なのです。

この方以外に救いはありません。

「聖書って、こんなにおもしろい」より


救い主なる主の御名をほめたたえます。
すべての人の主であられる事をほめたたえます。
一人一人のための十字架の愛を感謝します。

【2019/05/04 13:59】 | 未分類
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わたしの目には、あなたは高価で尊い。
わたしはあなたを愛している。
         イザヤ書43章4節

今日で「平成」が終わります。
明日から「令和」が始まります。
平成の時代は、東日本大震災をはじめ、
阪神・淡路大震災や熊本地震などの
地震や自然災害が多く起こりました。

日本人の多くが
人生をかけて建てた家や大切な車が
津波に流されていくのを目の当たりにして、
何もできない人間の非力さに心が痛みました。

でも、それから絆という言葉が
語られるようになりました。
目に見えるものを失った時、
本当に大切なものは
目に見えないということに気づいたことは
良かったと思います。

目に見えなくても、
思いやりや信頼がある時、
全てを失っても、
家族はより深い絆で結ばれていきます。
その中でも最も大切なものは「愛」です。

この愛という言葉は、
ギリシア語ではいくつかありますが、
最も素晴らしい最高の愛は
アガペーと言います。
これは神様の愛です。

わかりやすくいうと、
無償の愛、
あるいは見返りを期待しないで
与える愛ということでしようか。
ありのままで、そのままで受け入れる愛、
そしてそのままではなく、
必ず成長していくことを期待し
共に戦う愛です。

例えば、子どもが0点を取ってきたとします。
「そうか、0点か、簡単には取れないぞ」
と言ってしっかりと抱きしめ、
そして、一緒に勉強するのです。

次のテストで30点取ってくると
「よく頑張ったね」と言って抱きしめ、
また一緒に勉強するのです。
今度は70点とってきたとします。
また一緒に喜んで「今度は100点だね」
と一緒に勉強します。

ところが、次は50点になってしまいます。
その時も「大丈夫。よく頑張ってるね」
と言って、しっかりとそのままで抱きしめて、
また一緒に勉強するのです。
100点取るまで、
あきらめないで、
何度でも抱きしめて共に戦う、勉強するのです。

イエス・キリストは、
あなたの今の、そのままを愛してくださいます。
そして、そのあなたと共に戦って、
圧倒的な勝利を、
あなたの人生に必ず与えてくださるのです。

その時まで、
イエス・キリストは
あなたを愛してあきらめられません。

なぜなら、
イエス・キリストは
あなたを愛しているからです。
愛するものは、あきらめないのです。


4月30日の「聖書って、こんなにおもしろい」より

【2019/05/04 13:54】 | 未分類
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今度の連休にも帰って来ず
久しく連絡のない長女に「元気にしてる?」
とメールを送ると
「元気だよ。今年はこっちにいて、
来年の休みには帰ってこようと思って・・・」と返信が

「仕事も大丈夫?」と聞くと
👍の絵文字が帰ってきました。

元気でいるのは何よりです。
今一度イエス様の愛に気づき
主のところに帰って来れるように
祈っています。

しかし、主の方はお忘れにならず
今も長女の為に執り成し祈って下さって
いる事を感謝します。

【2019/05/02 17:32】 | 未分類
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ジョイジョイ介護のブログを見ながら
本当に主はすべてをご存知で
本当に本当に憐れみ深いお方だと
思いました。

全てを益にかえて、一人一人を
気づかなかった事を気づかせ
最善をなして下さっている。

また、あきらめないで祈ると
いう事を再認識させ、
一人一人に深い神のご計画があると
そのご計画は必ず成就されると
思わされました。

【2019/05/02 17:13】 | 未分類
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今週3回目のディサービスです。
今朝は連休で道路がすいていましたと
割と早めのお迎えになりました。

自分のペースでリハビリをして
室内を何回か歩いて周り、疲れたら4階にあがり
テレビを見たりしているようです。

皆さんと常に一緒の事をするという事がないので
それが夫にはあっているようです。
今日も良い意味の刺激があり、人とのコミニケーションも
とれますように。

【2019/05/02 09:14】 | 未分類
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「神は私たちを救い、また、

聖なる招きをもって召してくだいましたが、

それは私たちの働きによるのではなく、

ご自身の計画と恵みとによるのです。」

II テモテ 1 : 9


このみ言葉は、4年前に牧師にとお話しがあった時、
主に祈り聞きました。
その時に与えてくださったみ言葉です。

特に「ご自身の計画とめぐみとによるのです。」
のみ言葉が深く入ってきました。
これは、神ご自身の計画で恵みによるのだと・・・
神様のご計画なら受けようと・・・
恵みによるのだから、主に依り頼んで従って行けばいいと
平安が与えられました。

2015年2月5日に
九州牧師会の中で、群の責任長老の牧師按手を受けました。
そして2月5日という日であったことがとても嬉しかった事を
思い出します。

【2019/05/02 08:45】 | 未分類
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大型連休と言われるこの時、
それぞれの過ごし方があります。
教会では、ディキャンプが開かれ礼拝後に
バーベキューがなされ、非常に祝福の時と
なりました。


ある人は介護だったり、旅行だったり、
帰省してゆっくり休む時だったり
祈ったり、聖書を読んだり・・・

どこにいても、何をしていても、
主の守りと祝福が豊かにありますように。
憐れみ深い主の恵みの中で御心がなされますように。

【2019/05/01 17:13】 | 未分類
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わたしは、あなたが迫害しているナザレのイエスだ。
使徒の働き22章8節

キリスト教の土台を築いたパウロは、
元々、熱心なユダヤ教徒で
クリスチャンたちを迫害していました。

当時、彼はサウロという名前でした。
彼は大祭司のところに行き、
ダマスコの諸会堂あての手紙を書いてもらい、
主の弟子たちを捕まえてエルサレムに連れてき、
殺そうと燃えて、ダマスコに向かっていました。

ところが、道を進んで行って、
ダマスコの近くまで来たとき、
突然、天からの光が彼を巡り照らしたのです。
彼は地に倒れて
「サウロ、サウロ。なぜわたしを迫害するのか」
という声を聞きました。
彼が「主よ。あなたはどなたですか」と言うと
「わたしは、あなたが迫害しているイエスである」
と答えがありました。

復活された主イエスが
サウロに現れてくださったのです。
サウロ、後のパウロは、
12弟子たちと違い、
人となられた肉なるイエスには会っていません。
復活された主とも直接は会っていないのです。

でも、この時、
復活された主イエス・キリストが
サウロのところに来られたのです。
天からの光と声を持って。

同じことがあなたにも、
あなたの愛する者にも起こります。
主イエスに期待しましょう。

ステパノが石打ちにされて殺される時祈った
「主よ。この罪を彼らに負わせないでください」
という祈りは聞かれたのです。

復活された主イエスは、
今も生きておられます。
サウロに現れた主イエスは、
同じように、
あなたの祈りを通して
あなたの愛する者のところにも
来てくださり、現れてくださるのです。

「聖書って、こんなにおもしろい」より

【2019/05/01 12:53】 | 未分類
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