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5月8日、63歳の夫が脳梗塞で緊急入院、一度は命が危ないと言われ、左半分は麻痺となった。9月の退院と言われつつ、7月の末には、歩けるようになり、4階にある我が家へ自分の足で歩き退院し帰宅した夫。
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ひとりのサマリヤの女が水をくみに来た。
イエスは「わたしに水を飲ませてください」と言われた。
           ヨハネの福音書4章7節


主イエスは、
スカルというサマリヤの町に来られました。
そこにはヤコブの井戸があリました。
イエスは旅の疲れで、
井戸のかたわらに腰をおろして休んでおられました。
真昼頃(ユダヤでは第六時と言います)です。

そこへ、ひとりのサマリヤの女が
水をくみに来たのです。
イエスはその女に
「わたしに水を飲ませてください」と言われました。
そのとき弟子たちは食物を買いに、
町へ出かけていていませんでした。

そこで、そのサマリヤの女はイエスに言いました。
「あなたはユダヤ人なのに、
 どうしてサマリヤの女の私に、
 飲み水をお求めになるのですか。」
―ユダヤ人は雑婚してしまっていたサマリヤ人を
軽蔑し見下げていたので、
つきあいをしていなかったのです。

それだけではなく、
男性のレビ、つまりイスラエルの教師が
女性に声をかけることは、当時しなかったのです。
ですから、男性である
人としてはユダヤ人のイエス・キリストが、
サマリヤ人の女に声をかける、お願いをする
などということはあり得ないことだったのです。

でもイエス・キリストはされました。
どうしてでしょう。
そうしなければ、
このサマリヤの女から声をかけられることなど
あり得なかったからです。

イエスは、
自らへりくだって
自分からサマリヤの女に声をかけられたのです。
井戸の傍らに腰を下ろしておられたイエスは、
このサマリヤの女よりも低いところから目をあげて
このサマリヤの女に「わたしに水を飲ませてください」
と頼まれたのです。

どうしても、
このサマリヤの女を罪の泥沼から救い、
サマリヤの町の人々を救い出したいと
願っておられたからです。

あなたが今、
どんな泥沼に落ち込んでいても、
あなたの愛する大切な人が
もうどうしようもない状況になっていても、
あきらめないでください。

主イエスは、
あなたを愛し、
その大切な人を愛して、
その人のところ行き、
身を低くして
その方に目をとめ声をかけてくださる方なのです。
そして必ずその泥沼から救い出してくださるのです。


「聖書って、こんなにおもしろい」より
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【2019/09/20 18:35】 | 未分類
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わたしの羊はわたしの声を聞き分けます。

またわたしは彼らを知っています。

そして彼らはわたしについて来ます。

ヨハネ 10 : 27


【2019/09/20 18:11】 | 未分類
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しかし、サマリヤを通って行かなければならなかった。
            ヨハネの福音書4章4節


主イエスはユダヤを去って、
またガリラヤへ行かれました。
しかし、その時
サマリヤを通って行かなければならなかったのです。

当時ユダヤからガリラヤに行くには
サマリヤを通るのが一番近かったのですが、
ユダヤ人たちは、
サマリヤを避けて遠回りしてガリラヤに行きました。

サマリヤ人が雑婚していたので、
ユダヤ人たちは彼らを見下げ軽蔑していました。
そして、そこを通ろうとはしなかったのです。
しかしイエスは、
そこをあえて通って行かれました。

それはイエス・キリストは
サマリヤの人々をも愛しておられ、
そこに住む人々を救いたいと強く願っておられたからです。
だからサマリヤを通って行かれたのです。

しかも真昼頃に、
砂漠の多いサマリヤを通って行かれたのです。
それは、サマリヤにいる一人の女性を
まず救おうとされていたからです。
主イエスは、まず彼女を救い、
そして町の人々を救おうと思われました。

このサマリヤの女は実は、
人々に見下げられ軽蔑されていた女でした。
しかしイエス・キリストは
この女に目を留め、この女に会うために
昼の暑い時にサマリヤを通って行かれました。

イエス・キリストは
人々に軽蔑され除け者にされているその人に
目をとめられました。
これがイエス・キリストです。

「聖書って、こんなにおもしろい」より

【2019/09/19 09:22】 | 未分類
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朝夕、急に涼しくなりました。
昨夜は冷房なしで休めました。

今朝はお迎えを受けて元気に
ディサービスへ行きました。

【2019/09/19 09:14】 | 未分類
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ほかの大祭司たちとは違い、
キリストには、まず自分の罪のために、
その次に、民の罪のために
毎日いけにえをささげる必要はありません。
というのは、キリストは自分自身をささげ、
ただ一度でこのことを成し遂げられたからです。
         ヘブル人への手紙7章27節


人間は必ず死にます。
祭司ももちろん死にます。
それゆえ、多くの者が祭司となり、
毎日毎日繰り返し、自分の罪のために、
そして民の罪のためにいけにえを捧げていました。

しかしキリストは、
きよく、悪も汚れもなく、罪人から離れ、
また、天よりも高くされた大祭司であられました。
そのお方であるイエス・キリストは自分自身を捧げ、
ただ一度で罪の贖いを成し遂げられたのです。

私たちに一番必要な大切なことを
成し遂げてくださったのです。
この方こそ、
私たちにとってまさに必要な方なのです。
永遠に全うされた
御子であられるイエス・キリストによって、
私たちは神に近づき、神の子とされて、
神と生きた交わりを持つことができるのです。


「聖書って、こんなにおもしろい」より

【2019/09/18 19:00】 | 未分類
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信仰がなくては、神に喜ばれることはできません。

神に近づく者は、神がおられることと、

神を求める者には報いてくださる方であることを、

信じなければならないのです。

ヘブル 11 : 6

今日のデボーションより

【2019/09/18 18:30】 | 未分類
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自分の十字架を負ってわたしについて来ない者は、
   わたしの弟子になることはできません。
           ルカの福音書 14章27節

イエス・キリストは群衆に向かって
弟子への招きをされ言われました。
「自分の十字架を負って
 わたしについて来ない者は、
 わたしの弟子になることはできません」と。

自分の十字架とはなんでしょう。
それは神があなたに与えてくださる
使命であり、召しの働き、あるいは役割です。
それは一人一人違います。
あなたの十字架とわたしの十字架は違うのです。

自分の十字架をしっかり受け取ると、
主イエスの特別な助けや恵みを
受けることができます。
だから自分の十字架は負いやすく軽いのです。

イエス・キリストが
わたしのくびきは負いやすく軽いと
言われた通りです。
ただサタンがいて、
自分の十字架をしっかりと受け取り、
負わせないように惑わしと偽りを言ってきます。

他の人の十字架の方が
まるで楽でいいかのように、
あなたが負っている十字架を
あなたが負うのはおかしいかのように、
「あの人はいいね、なぜ、あなたばかり、
 そんなことしなきゃいけないんだ、
 あなたもあの人みたいにしたらいいじゃないか」
「こんなことするのはあなたの役割じゃないよ、
 あなたには向いてない、
 だいたいあなたがするのはおかしいよ、
 あの人がすべきですね、
 あなたにはこっちの人のやっていることの方が合ってるよ」と。

私たちは、
惑わされることなく、
サタンに騙されることなく、
神に語られたことを心を定めて、
しっかり受け取りましょう。
自分の十字架を喜んで引き受けましょう。

その時、
主イエスがあなたと共に
その十字架を負って歩いてくださいます。
あなたは弟子になり、
主のみそば近くを
主の息遣いを感じながら共に歩むのです。


「聖書って、こんなにおもしろい」より

【2019/09/17 12:00】 | 未分類
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わたしのもとに来て、
自分の父、母、妻、子、兄弟、姉妹、
そのうえ自分のいのちまでも憎まない者は、
わたしの弟子になることができません。
        ルカの福音書14章26節

イエス・キリストは
大ぜいの方に向いて言われました。
「わたしのもとに来て、
 自分の父、母、妻、子、兄弟、姉妹、
 そのうえ自分のいのちまでも憎まない者は、
 わたしの弟子になることができません」と。

ヘブルの世界では、二番目にすることを
憎むという表現を使いますので、
これは神を第一に愛して、
自分の父、母、妻、子、兄弟、姉妹、
その上自分の命を二番目にしなさい、
ということです。

ただ聖書の世界では、
十戒に「あなたの父と母を敬え」とあるように、
また「キリストが教会を愛されたように、
夫も妻を愛しなさい」と命じられているように、
家族をとても大切にし愛するようにと
命じられています。

だから、二番目にすると言っても、
簡単なことではなく、
憎むほどに強い意志を持って
愛している家族、父や母、妻や子よりも
もっと神を愛しなさいということなのです。
その時、私たちは弟子となります。

イエス・キリストは
私が愛する以上に
父や母、妻や子、兄弟姉妹、
そして私自身を愛してくださっているので、
神を第一にして、
イエス・キリストを誰よりも何よりも
最も強く愛する時に、
実は、父や母、妻や子どもたちに
最高にして最善の愛が注がれ現されるのです。

まず主イエスを第一にして、
主キリストを心から愛しましょう。


「聖書って、こんなにおもしろい」より

【2019/09/17 11:33】 | 未分類
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だれでも渇いているなら、

わたしのもとに来て飲みなさい。

わたしの信じる者は、聖書が言っているとおりに、

その人の心の奥底から、

生ける水の川が流れ出るようになる。

ヨハネ 7 : 37 ~ 38


今日のデボーションより

【2019/09/17 11:00】 | 未分類
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今朝は随分、涼しい風が吹いています。
秋が近いのでしょうか?
でも日中は暑い日差しです。

早天祈祷から帰ってみると
ディサービスへ行く準備を自分で
済ませていました。

ディサービスの皆さんと良き交わりと
なりますように。
このディサービスに続けていけてるのは
皆と同じプログラムでないからだと思います。

一人一人それぞれに、自分でやりたい事を
させて下さっているので長続きしているのだと
思います。

それも午前中が精一杯で
ケャーマネージャーさんは、昼食や入浴も
勧めて下さっているのですが、
断固として拒否しています。

週に3回、午前中だけ、これが今の夫にとって
最善の方法だと思います。
ほとんど転ばなくなりました。
主に感謝しています。

【2019/09/17 10:28】 | 未分類
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彼は、キリストのゆえに受けるそしりを、
エジプトの宝にまさる大きな富と思いました。
彼は報いとして与えられるものから
目を離さなかったのです。
      ヘブル人への手紙11章26節


旧約聖書に出てくるモーセは
生まれてから三ヶ月の間、
両親によって隠されていました。
彼らは王の「ヘブル人の男の子は殺せ」
という命令をも恐れませんでした。

そしてモーセは成人したとき、
信仰によって、
パロの娘の子と呼ばれることを拒み、
はかない罪の楽しみを受けるよりは、
むしろ神の民とともに苦しむことを
選び取りました。

「彼は、
キリストのゆえに受けるそしりを、
エジプトの宝にまさる大きな富と思いました。
彼は報いとして与えられるものから
目を離さなかったのです。」

そして「信仰によって、
彼は、王の怒りを恐れないで、
エジプトを立ち去りました。
目に見えない方を見るようにして、
忍び通したからです。

信仰によって、
初子を滅ぼす者が
彼らに触れることのないように、
彼は過越と血の注ぎとを行ないました。

信仰によって、彼らは、
かわいた陸地を行くのと同様に
紅海を渡りました。
エジプト人は、
同じようにしようとしましたが、
のみこまれてしまいました。」

モーセは、
神の言葉を信じて受け取り、
神の言葉に従いました。
その結果、
王子であつた彼が40年間
荒野に羊飼いとしておかれました。

しかし、80歳になったとき、
彼の使命と召しが開かれたのです。
その使命と召しに生きるためには、
荒野の40年は
なくてはならないものでした。

神の言葉にしたがったモーセは
神の栄光を見、
イスラエルの民を
神の導きに従って
出エジプトさせたのです。

私たちも目の前の見える
一時的な繁栄に惑わされることなく、
神の言葉に従い、
永遠に残る神の栄光を見せていただきましょう。

「聖書って、こんなにおもしろい」より

【2019/09/14 17:52】 | 未分類
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これは別の猫写真です。
でもとても似た猫です。


昨日の夕方、洗濯をしょうとベランダの戸を開け
洗濯物しょうとしたら、えっ!なんで!と
ビックリしました。

なんと洗濯機とベランダの壁の間に三毛猫が
寝そべっています。( 丁度そこが日陰になっています。)
もうビックリしました。
おまけに目のあたりが怪我?病気?ちょっと傷ついています。
何処から来たのでしょうか?
我が家は4階です。

どうしよう?なんとか1階に降ろさないと思い
捕まえようとするのですが捕まりません。
猫も私から逃げベランダの隅っこに行って
ベランダの柵から下を覗き込んでいます。
飛び降りるのは無理と思ったのでしょうか
座ってこちらをジッート見ています。

「あんたここでは飼えないんだよ。
何処から来たの?」と言いつつ
捕まえるのをやめそのまま洗濯をしました。
洗濯を干す時もただただ私をじっーとみています。

ちょっと可哀想になってきました。
この暑い中、水も飲まず大丈夫かな?
牛乳だけでもやってみょうとお皿に持っていくといません?
私が牛乳を準備している間にです。

気になりながら、夕食の準備に入りました。
仕事から帰って来た娘に話すと、
猫好きの娘も「可哀想に、大丈夫だろうか?」と
心配しています。

夜中にかすかに、猫の声が聞こえた気がしたので
朝起きてすぐ洗濯機の横を見るといました。
娘に伝えるとすぐ娘も来て「みゅーみゅー」と
声かけてして「お母さん、ツナ缶ある?持ってきて!」
というので持っていくと「逃げた。」と見ると
ベランダの屋根に登ってました。
ちょっと納得、どうやら上から
我が家のベランダに降りてきたようです。

みていると上に登って行きました。
我が家の上は屋上で半分は5階の住居になっています。
誰かが飼っているのでしょうか?
とりあえずひと安心しました。
ちょとした猫騒動でした。

【2019/09/12 17:45】 | 未分類
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それはあなたがたのあかしをする機会となります。
ルカの福音書21章13節

ある人たちが、
宮がすばらしい石や奉納物で飾ってあると話していました。
するとイエスはこう言われたのです。
「あなたがたの見ているこれらの物について言えば、
 石がくずされずに積まれたまま
 残ることのない日がやって来ます」

彼らは、イエスに質問して聞きました。
「先生。それでは、
 これらのことは、いつ起こるのでしょう。
 これらのことが起こるときは、
 どんな前兆があるのでしょう」

イエスは答えられました。
「惑わされないように気をつけなさい。
 わたしの名を名のる者が大ぜい現われ、
『私がそれだ』とか『時は近づいた』とか言います。
 そんな人々のあとについて行ってはなりません。
 戦争や暴動のことを聞いても、
 こわがってはいけません。
 それは、初めに必ず起こることです。
 だが、終わりは、すぐには来ません」

さらに続けて、
イエスは彼らにこう言われました。
「民族は民族に、国は国に敵対して立ち上がり、
 大地震があり、方々に疫病やききんが起こり、
 恐ろしいことや天からのすさまじい前兆が現われます。
 しかし、これらのすべてのことの前に、
 人々はあなたがたを捕えて迫害し、
 会堂や牢に引き渡し、わたしの名のために、
 あなたがたを王たちや総督たちの前に引き出すでしょう。
 それはあなたがたのあかしをする機会となります」


今は、まさにイエスが言われた
前兆が現れ始めている時代です。
戦争や暴動、大地震、疫病やききん、
キリスト教に対する迫害も世界では続いています。
日本にも再び起こる日がきっと来るのでしょう。

でも、私たちがキリストの故に捕らえられる時、
それは人々に、そして王や総督たちに、
証をする機会となります。

だから何も恐れることはありません。
主イエスが
反論も反証もできないような言葉を
与えてくださるからです。


「聖書って、こんなにおもしろい」より、

【2019/09/12 10:00】 | 未分類
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今日も暑い日です。
お迎えを受けてディサービスへ行きました。
楽しむ事が出来ますように。

【2019/09/12 09:31】 | 未分類
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いつも油断せずに祈っていなさい。
ルカの福音書21章36節


イエス・キリストは、最後の時、
再臨の前に何が起こるかを話された後、
こう言われました。
「この天地は滅びます。
 しかし、わたしのことばは
 決して滅びることがありません」と。

そしてこう続けられました。
「あなたがたの心が、
 放蕩や深酒やこの世の煩いのために
 沈み込んでいるところに、
 その日がわなのように、
 突然あなたがたに臨むことのないように、
 よく気をつけていなさい。
 その日は、
 全地の表に住むすべての人に臨むからです。」

そして一番最後にこう言われたのです。
「しかし、あなたがたは、
 やがて起ころうとしている
 これらすべてのことからのがれ、
 人の子の前に立つことができるように、
 いつも油断せずに祈っていなさい」と。

いつも油断せずに祈る。

これにまさる備えはありません。


「聖書って、こんなにおもしろい」より

【2019/09/11 16:30】 | 未分類
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初めに、ことばがあった。

ことばは神とともにあった。

ことばは神であった。

この方は、初めに神とともにおられた。

すべてのものは、この方によって造られた。

造られたもので、この方によらずにできたものは

一つもない。

この方にいのちがあった。

このいのちは人の光であった。

光はやみの中に輝いている。

やみはこれに打ち勝たなかった。

ヨハネ 1 : 1 ~ 5

【2019/09/11 16:27】 | 未分類
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キリストは苦しみを受け、

三日目に死人の中からよみがえり、

その名によって、罪の赦しを得させる悔い改めが、

エルサレムから始まってあらゆる国の人々に

宣べ伝えられる。 ルカ 24 : 46 ~ 47



今日のデボーションより

【2019/09/10 09:43】 | 未分類
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みなは、あり余る中から献金を投げ入れたのに、
     この女は、乏しい中から、
持っていた生活費の全部を投げ入れたからです。
          ルカの福音書21章4節


イエス・キリストが、
目を上げてご覧になると、
金持ちたちが献金箱に献金を投げ入れていました。

そこへ、ある貧しいやもめがやって来て、
レプタ銅貨二つを投げ入れているのを
ご覧になられました。

そのとき、イエスは言われたのです。
「わたしは真実をあなたがたに告げます。
 この貧しいやもめは、
 どの人よりもたくさん投げ入れました。
 みなは、あり余る中から献金を投げ入れたのに、
 この女は、乏しい中から、
 持っていた生活費の全部を投げ入れたからです」と。

レプタというのは当時の最小単位の貨幣でした。
労働者の1日の賃金が1デナリとすると、
その128分の1が1レプタです。
2レプタで64分の1ですね。
今のお金にして、
高くて200円から150円ぐらいでしょうか。
でも、この貧しいやもめにとっては
生活費のすべてでした。

この貧しい女は神にすべてを捧げ、
神に自分の生活を任せたのでしょう。

ここで大切なのは金額ではありません。
この女がすべてを捧げて
神に信頼し、神を第一にしたことです。

あなたも私も、神に信頼し、
お金も、心も、時間も、才能や賜物も、
神の手の中に捧げましょう。

神さまは喜んであなたと私を支え、
豊かな恵みの中に導いてくださることでしょう。


「聖書って、こんなにおもしろい」より

【2019/09/10 08:31】 | 未分類
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あなたがたに言いますが、それと同じように、
ひとりの罪人が悔い改めるなら、
悔い改める必要のない
九十九人の正しい人にまさる喜びが天にあるのです。
            ルカの福音書15章7節


99匹の羊を野原である荒野に残しても、
いなくなり迷子になった羊を捜して
見つけるまで歩き回る羊飼いのように、
父なる神さまは、あなたを愛して、
イエス・キリストという羊飼いを送り、
あなたを捜して見つけてくださいました。
そしてあなたが、
イエスの十字架と復活を信じて救われたことを、
大喜びしてくださったのです。

同じように、
まだイエス・キリストを信じていない
あなたの大切なあの人も、
かたくなで、なかなか信じようとしない
祈り続けているこの人も、
神さまは愛しておられて、
イエス・キリストを、
その方のところに遣わして、
必ずその人を主イエスは見つけ出し、
救い出してくださるのです。
そのとき、
天で大いなる喜びがわきあがります。

あなたも、
その天から注がれてくる永遠の喜びに
満たされ喜びにあふれることでしょう。


「聖書って、こんなにおもしろい」より

【2019/09/06 10:00】 | 未分類
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あなたがたのうちに羊を百匹持っている人がいて、
そのうちの一匹をなくしたら、
その人は九十九匹を野原に残して、
いなくなった一匹を見つけるまで捜し歩かないでしょうか。
            ルカの福音書15章4節


取税人や罪人たちが、
イエスの話を聞こうとして、
みもとに近寄って来ていました。

当時、取税人は、
同胞のユダヤ人から税金を取り、
支配されているローマに税金を納める仕事でした。
しかもその時に手数料だけではなく、
ピンハネをしていたのです。

ですから、
人々から軽蔑され嫌われていました。
そんな取税人や罪人たちが
イエスのまわりに来て話を聞いていたのです。

すると、
パリサイ人や律法学者たちは、
つぶやいてこう言いました。
「この人は、罪人たちを受け入れて、
 食事までいっしょにする。」

その時、イエスは、
彼らにこのようなたとえを話されました。
「あなたがたのうちに
 羊を百匹持っている人がいて、
 そのうちの一匹をなくしたら、
 その人は九十九匹を野原に残して、
 いなくなった一匹を見つけるまで
 捜し歩かないでしょうか。
 見つけたら、
 大喜びでその羊をかついで、
 帰って来て、
 友だちや近所の人たちを呼び集め、
『いなくなった羊を見つけましたから、
 いっしょに喜んでください』と言うでしょう」と。

羊はいつも群れをなして行動しています。
それを羊飼いが草のあるところへと
導きながら連れて行くのです。

すぐに群れから外れてしまい
一匹になつてしまうことがあるので、
羊飼いが絶えず、
群れから離れないようにと追い立てます。
また羊はとても弱いので、
オオカミなどの動物がきたら
食べられてしまうので、
羊飼いが戦います。
時としては命をかけて戦います。

まさに羊飼いは
イエス・キリストのみ姿なのです。
100匹いた羊の群れから
1匹迷子になってしまいいなくなったら、
羊飼いは他の99匹を野原に残して、
他の羊飼いに託して、
どこまでもいなくなった
一匹を探し歩くのです。
見つかるまで探します。

そして見つかったら大喜びで担いで来て、
隣り近所の人を集めて一緒に喜ぶのです。
あなたはこの羊と同じように、
群れである教会から離れて、
神様を見失ってしまったら、
イエス・キリストが
あなたを探して歩き回り
そして、あなたのことを
責めたり怒られたりするのではなく、
あなたを喜んでくださるのです。

しかもあなたを見つけたことを大喜びして、
教会みんなで喜んでくださるのです。
あなたは、
それほど大切な愛されている存在なのです。


「聖書って、こんなにおもしろい」より

【2019/09/05 10:00】 | 未分類
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今朝は、散髪をし、入浴もすませ
元気にディサービスへ行きました。
主の守りがあり笑顔で過ごせますように。
語る言葉も守られますように。

【2019/09/05 09:32】 | 未分類
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いちじく桑の木



「ザアカイ。急いで降りて来なさい。

きょうは、あなたの家に泊まることにしてあるから。」

ザアカイは、急いで降りて来て、そして大喜びでイエスを迎えた。

ルカ 19 : 5 ~ 6

イエスは、彼に言われた。

「きよう、救いがこの家に来ました。

この人もアブラハム子なのですから、

人の子は、失われた人を捜して救うために来たのです。」

ルカ 19 : 9 ~ 10

今日のデボーションより

【2019/09/05 09:02】 | 未分類
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PEACEの栞のブログ写真より



「人にはできないことが、神にはできるのです。」
ルカ 18 : 27

【2019/09/04 11:00】 | 未分類
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いつでも祈るべきであり、失望してはならない。
ルカ 18 : 1

まして神は、夜昼神を呼び求めている選民のために

さばきをつけないで、いつまでもそのことを

放っておかれることがあるでしょうか。

あなたがたに言いますが、

神はすみやかに彼らのために正しいさばきを

してくださいます。

しかし人の子が来たとき、はたして地上に

信仰がみられるでしようか。

ルカ 18 : 7 ~ 8

【2019/09/04 10:30】 | 未分類
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あなたがたの確信を投げ捨ててはなりません。
それは大きな報いをもたらすものなのです。
あなたがたが神のみこころを行なって、
約束のものを手に入れるために必要なのは忍耐です。
ヘブル人への手紙10章35・36節


主イエス・キリストが与えてくださった約束を信じ、
そのことばはを固く握りしめる時与えられる確信、
それは約束の成就という
とても大きな報いをもたらします。

神の約束が成就する時、
私たちは、
神が私たちの願い思っていた以上の大いなることを
成してくださるのを見て、驚き感動することでしょう。
神の愛の大きさ、深さ、高さを、その中で知るのです。

でも、多くの場合、
その成就を見るまでには忍耐が必要です。
神の御心を行い続けながら、
忍耐をもって、主を待ち望むのです。

主イエスは、
遅れることなく、
主の最善の時に、
必ず約束を成就してくださるのです。

「聖書って、こんなにおもしろい」より

【2019/09/04 10:00】 | 未分類
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今日の天気は曇りです。
でもすぐにでも降り出しそうです。
今日もデイサービスの日です。
火曜日は9時にはお迎えに来るそうですが、
水、木は9時すぎになります。
お迎えもあちこちを回ってこられるので
時間通りにはいきません。

その事を言うと「ああ」とうなづきながら
火曜日は近くのおばあさんと二人だと
そのおばあさん、おしゃべりだと手振りで
教えてくれました。
雨から守られて、皆さんと楽しく過ごせますように。

【2019/09/04 09:20】 | 未分類
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約束された方は真実な方ですから、
     私たちは動揺しないで、
しっかりと希望を告白しようではありませんか。
         ヘブル人への手紙10章23節


私たちの信じているまことの神さまは、
約束されたことを必ず守られます。
私たちがどんなに不真実であっても
主イエス・キリストは真実な方です。

ですから、
神さまが語られたなら、
必ずその通りになります。
主イエスが約束してくださったことは、
時が来れば、その約束は成就するのです。

私たちは罪人なので、
待たされたり、
見える状況が約束と逆のようになると、
不安や恐れを感じて
動揺してしまいやすいものです。
サタンも否定的な思いを
私たちの心と思いに入れてきます。
でも、だまされてはいけません。

忍耐を持って主を待ち望み、
しっかりと
主イエスの約束してくださったことばを
告白しましょう。
主が与えられた希望は
決して虚しく終わることはないのです。

私たちが
約束された方である主イエスを見上げて、
与えられたことばを信じて
希望を告白し続けていくなら、
必ず、主は約束を成就してくださるのです。


「聖書って、こんなにおもしろい」より

【2019/09/03 16:25】 | 未分類
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どうしても必要なことはわずかです。
    いや、一つだけです。
ルカの福音書10章42節


イエス・キリストがある村にはいられると、
マルタという女が喜んで家にお迎えしました。
マルタはとても気の利く人で、
イエスのために、
あれこれと接待をして、もてなしをしていました。

ところが、彼女にはマリヤという妹がいましたが、
彼女は、主イエスの足もとにすわって、
みことばに聞き入っていました。
マルタは、
いろいろともてなしのために気が落ち着かなくなり、
イエスのみもとに来て思わずも言いました。
「主よ。妹が私だけにおもてなしをさせているのを、
 何ともお思いにならないのでしょうか。
 私の手伝いをするように、
 妹におっしゃってください。」

すると主は答えて言われたのです。
「マルタ、マルタ。
 あなたは、いろいろなことを心配して、
 気を使っています。
 しかし、どうしても必要なことはわずかです。
 いや、一つだけです。
 マリヤはその良いほうを選んだのです。
 彼女からそれを取り上げてはいけません」と。

マリヤは、あまり気がきかなかったのでしょう。
でも一番大切なこと、
主イエス・キリストのことばに
聞き入るということを、マリヤはしていたのです。
マルタがイエスさまを愛して、
色々ともてなしていたことは、すばらしいことです。

でも、その結果、
イエスさまご自身が見えなくなり、
イエスさまのことばが聞こえなくなり、
そこにいる妹のマリヤにまで腹を立ててしまったのは、
本末転倒でした。

私たちも気をつけないといけませんね。
イエスさまのことばを聞きながら、
イエスさまの眼差しを見て喜びながら、
マリヤのことを受け入れ、
後でマリヤにゆっくりイエスさまの話を
教えてもらおうと思える心のゆとり、
大人になりたいですね。

いっしょに主イエスの足元にすわって、
その話に聞き入るのもいいかもしれません。

イエス・キリストの話に聞き入り、
イエス・キリストのことばを
受けることにまさる恵みはないのですから。

「聖書って、こんなにおもしろい」より

【2019/09/02 17:54】 | 未分類
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今朝、長崎に出た虹🌈です。
8月祝福して下さった主が更に9月も祝福されますように。

昨日も夫と共に礼拝しました。
時々、礼拝の中で寝ている夫ですが・・・
不思議です、いつも行くと言っても自分の意思で
礼拝に出席しています。

【2019/09/02 17:51】 | 未分類
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