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5月8日、63歳の夫が脳梗塞で緊急入院、一度は命が危ないと言われ、左半分は麻痺となった。9月の退院と言われつつ、7月の末には、歩けるようになり、4階にある我が家へ自分の足で歩き退院し帰宅した夫。
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いつもとすると、今朝は食欲がないように思います。
表情も動作もいつもの通りですが・・・
ディサービスに元気に出かけました。

ディサービスの方からも
マスク着用と自宅での検温のお願いと
対応が書かれてものを文書でいただきました。
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【2020/02/27 10:00】 | 未分類
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朝夕、新型コロナウィルスのニュースが・・
ほとんどテレビを見ている夫が
「3月から、ディサービスにマスクをせんといかん
 せんと実費になる」と・・・

要約すると3月から必ずマスク着用で
してない時はこちらでマスクを用意し、実費をもらいます」と
言うことらしい。

今朝、「お父さん、マスクをして行ってね」と言うと
「3月からやっど」と
「でもあるから、して行った方がいいよ。」というと
いつもは、「めんどくさか」と嫌がる夫が
素直にマスクをして行きました。

ディサービスの方々も夫もコロナウィルスに
感染する人が誰もいませんように。

【2020/02/27 09:19】 | 未分類
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「あなたがたは、そんなに、
 一時間でも、わたしといっしょに
 目をさましていることができなかったのか。
 誘惑に陥らないように、目をさまして、祈っていなさい。
 心は燃えていても、肉体は弱いのです。」
         マタイの福音書26章40・41節


十字架にかかる前、
イエス・キリストは
ゲッセマネの園で
血のような汗を流して祈られました。

その時、
そのみそばに
主イエスが連れて行かれたのが
ペテロとヨハネとヤコブでした。
彼らは
イエスが苦しみ悶えながら
祈り悲しんでいる時、
石を投げて届くところにいました。
しかし眠りこけてしまったのです。

主イエスは
彼らのところに戻ってきたとき
言われたのです。

「あなたがたは、そんなに、
 一時間でも、わたしといっしょに
 目をさましていることが
 できなかったのか。
 誘惑に陥らないように、
 目をさまして、祈っていなさい。
 心は燃えていても、肉体は弱いのです」と。

一時間、祈ることを主イエス求めましよう。

最初は
一時間祈り続けるのは
難しいかもしれません。

少し祈ると祈ることが
出てこなくなるかもしれません。

でも、
イエス・キリストを信じたとき、
主イエスと共に
聖霊様があなたのうちに
住んでくださっています。

その聖霊様が
祈りをあなたに
教え導いてくださいます。

だから
とにかく一緒にいて
あなたを捨てず離れない
主イエスと共に
目を覚ましていましょう。

必ず一時間祈れるように
聖霊様が導き、
主イエスがしてくださいます。

そして、
一時間祈れるようになったとき、
あなたは祈りが
こんなに答えられるのかと驚くでしょう。

イエス・キリストが
あなたにとって
生きて働かれるまことの神として、
とても身近にいる方になられるでしょう。

「聖書って、こんなにおもしろい!」より

【2020/02/26 15:00】 | 未分類
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彼らはペテロとヨハネとの大胆さを見、
またふたりが無学な、普通の人であるのを知って驚いたが、
ふたりがイエスとともにいたのだ、
ということがわかって来た。
           使徒の働き4章13節


ペテロとヨハネは
正式に学問を受けたことはありませんでした。
それで無学な、普通の人と言われています。

無学というのは
バカなという意味ではありません。
ただ正式には
学問を学んだことはなかったのです。
当時の人としては普通のことでした。
普通の漁師だったのです。

でも彼らが
イエスと共にいたということは
はっきりしていました。

イエスと共にいた、

だから彼らを通して
いやしと奇跡が起こっていました。

人々は彼らは無学な普通の人ではあるけれど、
イエスと共にいたのだということを知っていました。

イエスと共にいる、
それがいやしと奇跡のポイントでした。

私たちも
イエスといつも共にいるなら、
いやしと奇跡が起こるのです。

そして、
イエス・キリストは
信じる者と共に
いつもいてくださるのです。

さぁ、恐れずに
手を伸ばしていやしを行い、
神がなされる奇跡の業に預かりましょう。

「聖書って、こんなにおもしろい!」より

【2020/02/26 14:00】 | 未分類
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『受けるよりも与えるほうが幸いである』
         使徒の働き20章35節


先日、アフガニスタンで殉教?した
ペシャワール会の中村哲さん、
アフガニスタンを愛し、
彼らのために人生を使い、
医療から初めて
その限界を感じて白衣を脱ぎ、
用水路を作って
砂漠に緑を回復させ荒地に水を流し、
人々に生活を取り戻された方です。
テレビの報道などで
一躍有名になられました。

でも彼がクリスチャンであったことは
そこまで知られていないようです。

彼には、
目の前にいた痛んだ人を
放っておけなかったのでしよう。

そして自分にできることを
与えて行ったときに、
あのように多くの人を生かす
素晴らしい人生になったのだと思います。

イエス・キリストを信じることは、
生き方を変えます。

受けること
自分が豊かになること、
自分が祝福されること、
それを求める人生から、

与えること、
人々を生かすことを願い
与える人生へと変えられていきます。

そして
その生き方は
多くの人を祝福し、
その人自身にも
喜びを与えてくれるのです。

その喜びは誰も奪えません。

命を奪ったテロリスト達も
彼の喜びを
奪うことはできませんでした。

彼は永遠に生き
永遠の喜びを持っていたからです。

「聖書って、こんなにおもしろい!」より

【2020/02/26 13:30】 | 未分類
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 「愛する者よ。

  あなたが、たましいに幸いを得ているように

  すべての点でも幸いを得、

  また健康であるように祈ります。」

                第3ヨハネ : 2

【2020/02/26 12:40】 | 未分類
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あらゆる恵みに満ちた神、
すなわち、あなたがたをキリストにあって
その永遠の栄光の中に
招き入れてくださった神ご自身が、
あなたがたをしばらくの苦しみのあとで完全にし、
堅く立たせ、強くし、不動の者としてくださいます。
          ペテロの手紙 第一 5章10節


神の祝福を受けるには、
忍耐が必要なことが多いようです。
いつもというわけではありませんが、
しばらく苦しみを通ることがあります。
その苦しみの中で、
私たちは神様をさらに深く知り、
神の愛に出会うのです。

苦しみを通ったあと、
私たちの信仰は
より堅く確かなものとなり
不動の者としてくださるのです。

ですから、
苦しみに会うことを恐れてはいけません。

私たちの信じている神は
愛と恵みに満ちておられます。

この方を信頼して、
忍耐を持って、
主の祝福を待ち望みましょう。

「聖書って、こんなにおもしろい!」より

【2020/02/26 12:26】 | 未分類
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イエスは、朝早くまだ暗いうちに起きて、
寂しい所へ出て行き、そこで祈っておられた。
         マルコの福音書1章35節


イエスは、弟子たちが
まだ眠っている暗いうちに起きて、
寂しいところに行き、
そこで一人で祈っておられました。

誰よりもまず最初に
父なる神の前に出て
父なる神と深く交わり
時を過ごされたのです。

そこでイエスは
賛美と感謝を捧げ、
願い求め、
時には叫びすがられたのでしょう。

朝早く、
まず父なる神のみ前に出て祈ることは、
私たちのクリスチャンとしての歩みを変えます。

生活の中で
生きて働かれる神を現実に体験し、
神の愛を深く具体的に
日々体験して
実感できるようになるからです。

あなたも朝、
まず父なる神のみもとに
主イエス・キリストの御名によって行き、
一時間、
主と共に時を過ごしましょう。

劇的に
あなたのクリスチャンライフは
変わることでしょう。

「聖書って、こんなにおもしろい!」より

【2020/02/25 13:00】 | 未分類
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世界中、コロナウィルスで騒がれている中
今日も守られてディサービスへ行きました。

最後までディサービスの方々も
教会も、家族も守られますように。

【2020/02/25 12:28】 | 未分類
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イエスは祈るために山に行き、
神に祈りながら夜を明かされた。
     ルカの福音書6章12節


イエス・キリストは
12弟子を選ばれる時、
山に行き、神に祈りながら
夜を明かされました。

12弟子は、
使徒と呼ばれる
大切な弟子たちでした。

イエス・キリストは、
父なる神に一晩かけて祈り、
使徒たちを選ばれたのです。

神の働きを任せ、
初代教会の土台となる人を選ぶために、
自分の判断ではなく、
父なる神のもとに行き、
一晩かけて、父なる神に聞かれたのです。

私たちも
人生の大切な判断や決定をする時、
父なる神のみ前に出て、
一晩かけて祈りましょう。

その時、
深くお大きな主の御心を
知ることができます。

永遠であられる神の大きな愛の中で、
私たちよりも
はるかに高い確かな導きを
受けることができるのです。

「聖書って、こんなにおもしろい!」より

【2020/02/25 12:00】 | 未分類
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先日の日曜日も共に礼拝できました。
後で聞いたのですが、
なんか真剣に聞いていたそうです。
神のことばが深く深く入っていますように。

【2020/02/25 11:24】 | 未分類
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堅く信仰に立って、この悪魔に立ち向かいなさい。
          ペテロの手紙第一 5章9節


悪魔に対して、私たちは、
どう対処すればいいのでしょうか。
多くの場合、恐れて
逃げたり引いてしまう方が多いようです。
しかし聖書は言っています。

「堅く信仰に立って、
 この悪魔に立ち向かいなさい」と。

悪魔には立ち向かうのです。
逃げてはいけません。

では立ち向かうとは
どうすればいいのでしょう。
それは堅く信仰に立つことです。
堅く信仰に立つとは、
神のことばに立つことですね。

具体的には、
まず自分の罪を悔い改めること、
悪魔、サタンの好物は罪です。
罪を握り続けていると
サタンに狙われ食い尽くされてしまいます。
だからまず悔い改めること、

そして、すべてを感謝すること、
徹底して、すべてのことに感謝をするのです。
理解できないことや
神がいたらどうして
こんなことが起こるのかと思うことも、
神が愛なら何故
こうなったんだと思いたくなることも
すべてを感謝するのです。

神様はあなたを愛しておられます。
命をかけて愛してくださつています。
どこまでも限りなく・・・

でも神様は
私たちよりはるかに大きく高く深いのです。
だから
目の前のことしかわからない
私たちには時として、
その愛がわからなくなることもあります。

でものちの日になって、
それがどれほど大きな愛であったかは
必ずわかります。

だから、今わからなくても、
感情がついていかなくても、
すべてを感謝するのです。

そのとき敵である悪魔は逃げていきます。

そして語られ示されている
神のことばに従うのです。

そのとき主の圧倒的な勝利が現されます。
神の完全な圧倒的な勝利を見ることができます。

「聖書って、こんなにおもしろい!」より

【2020/02/20 10:00】 | 未分類
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今日の長崎はとても良い天気です。
今朝もスタッフの方のお迎えを受けて
ディサービスに・・・・
皆さんと良き交わりの時となりますように。

【2020/02/20 09:18】 | 未分類
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権力によらず、能力によらず、わたしの霊によって。』
             ゼカリヤ書4章6節


私たちは、自分の力や能力、
あるいは自分が属している集団やグループの力や影響力、
あるいは権力によって、物事を進め、完成しようとします。

でも、それではうまくいかないことが多いのです。
もちん、それでうまくいくこともあるでしょう。
権力があり能力もあれば、
多くのことを成し遂げることもできるかもしれません。

でも、神さまの働き、
永遠の命が生み出され、
神の国が広まっていくことは、
人の能力や権力では、全くできないのです。

素晴らしいお話やメッセージは
人々の心を動かし感動させます。

力強い賛美の声や透き通った歌声は
人の心を癒し涙が流れます。

でも、人の霊を救い、命を与えることは
どんなに素晴らしい歌も声もお話もできないのです。

神様が働いて下さらなければ、
つまり、聖霊が働く時に、
人は初めてイエスをキリストと信じることができます。

そして全く新しい命の中に入り
永遠の存在として
生きる喜びを見出すのです。

これは神の働き、奇跡です。
神の霊によってしかできないのです。

だから、私たちは神様にすがり求め、
神の霊である聖霊様に
力強く豊かに働いていただきましょう。

その時、
私たちがどんなに不十分で弱くても、
神の愛と力が流れ、
神の奇跡の御業が起こり現されるのです。


「聖書って、こんなにおもしろい‼︎」より

【2020/02/19 13:29】 | 未分類
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権力によらず、能力によらず、わたしの霊によって。』
             ゼカリヤ書4章6節


私たちは、自分の力や能力、
あるいは自分が属している集団やグループの力や影響力、
あるいは権力によって、物事を進め、完成しようとします。

でも、それではうまくいかないことが多いのです。
もちん、それでうまくいくこともあるでしょう。
権力があり能力もあれば、
多くのことを成し遂げることもできるかもしれません。

でも、神さまの働き、
永遠の命が生み出され、
神の国が広まっていくことは、
人の能力や権力では、全くできないのです。

素晴らしいお話やメッセージは
人々の心を動かし感動させます。

力強い賛美の声や透き通った歌声は
人の心を癒し涙が流れます。

でも、人の霊を救い、命を与えることは
どんなに素晴らしい歌も声もお話もできないのです。

神様が働いて下さらなければ、
つまり、聖霊が働く時に、
人は初めてイエスをキリストと信じることができます。

そして全く新しい命の中に入り
永遠の存在として
生きる喜びを見出すのです。

これは神の働き、奇跡です。
神の霊によってしかできないのです。

だから、私たちは神様にすがり求め、
神の霊である聖霊様に
力強く豊かに働いていただきましょう。

その時、
私たちがどんなに不十分で弱くても、
神の愛と力が流れ、
神の奇跡の御業が起こり現されるのです。


「聖書って、こんなにおもしろい‼︎」より

【2020/02/19 12:27】 | 未分類
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いま私は、あなたがたを
神とその恵みのみことばとにゆだねます。
みことばは、あなたがたを育成し、
すべての聖なるものとされた人々の中にあって
御国を継がせることができるのです。
        使徒の働き20章32節


イエス・キリストを知る近道は、
聖書に触れることです。

聖書をただ読むのではなく、
心で読むことです。

聖書を知識として
読んで知っている方はいます。
もちろん知識も必要でしょう。

でも、
聖書は神様からの
私たち一人ひとりへのラブレターです。

心を開いて
聖書のみことばを心で読むとき、
その深い愛と意味がわかります。

そして
イエス・キリストというお方と
みことばを通して出会い、
体験することができるのです。

そのとき
主イエスの愛の高さ・広さ・深さを
深く深く知ることができるのです。


「聖書って、こんなにおもしろい!」より

【2020/02/19 10:24】 | 未分類
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ある夜、パウロは幻を見た。
ひとりのマケドニヤ人が彼の前に立って、
「マケドニヤに渡って来て、私たちを助けてください。」
と懇願するのであった。
           使徒の働き16章9節


パウロは同労者たちと
アジアに行って
み言葉を語ろうとしました。
すると、
アジヤでみことばを語ることを
聖霊によって禁じられたのです。

そこで、今度は
ムシヤに面した所に来たときに、
ビテニヤの方に行こうとしました。
しかし、イエスの御霊が
それをお許しになりませんでした。

それで彼らはムシヤを通って、
トロアスに下りました。
ある夜、パウロは幻を見ました。
ひとりのマケドニヤ人が
彼の前に立って
「マケドニヤに渡って来て、
 私たちを助けてください」
と懇願する幻でした。

パウロはこの幻を見たとき、
神がマケドニヤで
福音を語るように招かれている
と確信しました。

そこで彼らはただちに
マケドニヤに
出かけることにしたのです。

私たちも自分が行こうとしている道を
神様に止められることがあります。
しかし、そのストツプに従うと、
神の時に、神様が用意している道に、
神様は私たちを導いてくださるのです。

そして、その道が最善で最高の道なのです。


「聖書って、こんなにおもしろい!」より

【2020/02/19 09:23】 | 未分類
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『神がきよめた物を、きよくないと言ってはならない。』
            使徒の働き11章9節


ペテロはヨッパの町で祈っているとき、
うっとりと夢ごこちになり、幻を見ました。

四隅をつり下げられた
大きな敷布のような入れ物が
天から降りて来て、
ペテロのところに届いたのです。

その中を見てみると、
地の四つ足の獣、野獣、はうもの、
空の鳥などが見えました。
そして

『ペテロ。さあ、ほふって食べなさい。』

と言う声が聞こえたのです。
ペテロは

『主よ。それはできません。
 私はまだ一度も、
 きよくない物や汚れた物を
 食べたことがありません。』

と言いました。
すると、もう一度天から声がして

『神がきよめた物を、きよくないと言ってはならない。』

というお答えがありました。
こんなことが三回あって後、全部の物が
また天へ引き上げられていきました。

すると、ちょうどそのとき、
カイザリヤから
ペテロのところへ三人の人が、
遣わされてきたのです。

御霊はペテロに、ためらわずに
その人たちといっしょに行くように、
と言われました。

そこで、
ペテロは彼らと一緒に行き、
その人の家にはいって行って、
話し始めていると、
聖霊が、あの最初のとき
ペテロたちにお下りになったと同じように、
彼らの上にもお下りになったのです。

異邦人にも主は、
聖霊によってバプテスマを授けられたのです。

これはペテロにとっては驚きでした。
当時のユダヤ人たちにとって、
異邦人も神に愛されていて、
神が救われるということは、
考えたこともなかったことでしょう。

しかし主が
神がきよめたものをきよくない
と言ってはならないと言われ、
ためらわずに彼らと一緒に行きなさい
と言われました。

ペテロはその言葉に従って、
自分の持っていた
枠と壁を越えていきました。

私たちも自分の持っている範囲を、
主イエスが語られるとき、
そのことばに従って
枠を超え、壁を突き抜けて
進んでいきましょう。

その時、
主の働きと愛が
大きく広く流れ出し現れていくのです。

「聖書って、こんなにおもしろい」より

【2020/02/14 18:57】 | 未分類
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したがって、ご自分によって神に近づく人々を、
完全に救うことがおできになります。
キリストはいつも生きていて、
彼らのために、とりなしをしておられるからです。
         ヘブル人への手紙 7章25節


私たちは、自分の罪を悔い改めて
イエス・キリストを信じた時、
完全に赦されました。

この完全にということは、
今まで犯してきた罪も、
これから犯してしまう罪も
全て赦されたということです。

もちろん、
悔い改めることは
その度ごとに必要でしょう。

でも完全に赦されたのです。
そこそこにではなく、
ある程度でもなく、
ほぼ完全にでもなく、
全く完全に赦されたたのです。

言い換えれば、
一度も罪を犯したことのない者として
父なるまことの神様から
見ていただけるようになったのです。
一度も罪を犯していない者として、
つまりキリストと同じように
見ていただけるのです。
神の子とされるのです。

それはイエス・キリストが、
あなたを愛して、
私を愛して、
十字架にかかり、
私たちの罪の身代わりとなって
神に捨てられ、
死んでよみである地獄に
行ってくださったからです。

しかも、
神の力によって
三日後に復活された、
今も生きておられます。

イエス・キリストは
二度と死ぬことはありません。
永遠に今も生きておられるのです。

キリストは、
いつも生きておられ
天の右の座で
あなたのために、
私のために、
私たち一人一人のために、
とりなしていてくださるのです。

このとりなしがあるので、
あなたも私も神の愛の中で
完全に赦された神の子として
祝福を受けながら生きていけるのです。

「聖書って、こんなにおもしろい」より

【2020/02/13 15:00】 | 未分類
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したがって、ご自分によって神に近づく人々を、
完全に救うことがおできになります。
キリストはいつも生きていて、
彼らのために、とりなしをしておられるからです。
         ヘブル人への手紙 7章25節


私たちは、自分の罪を悔い改めて
イエス・キリストを信じた時、
完全に赦されました。

この完全にということは、
今まで犯してきた罪も、
これから犯してしまう罪も
全て赦されたということです。

もちろん、
悔い改めることは
その度ごとに必要でしょう。

でも完全に赦されたのです。
そこそこにではなく、
ある程度でもなく、
ほぼ完全にでもなく、
全く完全に赦されたたのです。

言い換えれば、
一度も罪を犯したことのない者として
父なるまことの神様から
見ていただけるようになったのです。
一度も罪を犯していない者として、
つまりキリストと同じように
見ていただけるのです。
神の子とされるのです。

それはイエス・キリストが、
あなたを愛して、
私を愛して、
十字架にかかり、
私たちの罪の身代わりとなって
神に捨てられ、
死んでよみである地獄に
行ってくださったからです。

しかも、
神の力によって
三日後に復活された、
今も生きておられます。

イエス・キリストは
二度と死ぬことはありません。
永遠に今も生きておられるのです。

キリストは、
いつも生きておられ
天の右の座で
あなたのために、
私のために、
私たち一人一人のために、
とりなしていてくださるのです。

このとりなしがあるので、
あなたも私も神の愛の中で
完全に赦された神の子として
祝福を受けながら生きていけるのです。

「聖書って、こんなにおもしろい」より

【2020/02/13 14:00】 | 未分類
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わたしは、あなたがたを捨てて孤児にはしません。
           ヨハネの福音書14章18節


いつも周りに人々がたくさんいる人がいます。
でも多くの場合、
立場がある、お金がある、人気がある、
何かがあるので周りに人々が集まっています。

その何かが、
つまり、立場やお金や人気がなくなると、
人々はスーと周りから
消えていなくなってしまいます。

その時に
それでもかたわらに居続けてくれるのは
本当の友達ですね。

あなたや私がどんなに失敗をしても、
全てを失ったとしても、
決してあなたを見捨てることなく、
あなたから離れない方がいます。

それがイエス・キリストです。

この方の愛を知った時、
人は本当に安心して自由になります。

いつも自分のそばにいて、
決して離れることなく、
いつも自分の味方になってくれるからです。

あなたを愛して十字架にまでかかり
あなたを救い出してくださった方、
イエス・キリスト、
この方を信じ
この方と共に歩んで生きましょう。

「聖書って、こんなにおもしろい」より

【2020/02/13 13:00】 | 未分類
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なぜなら、わたしは彼らの不義にあわれみをかけ、
もはや、彼らの罪を思い出さないからである。
          ヘブル人への手紙8章12節


人は不愉快なことや理不尽なことをされた時、
なかなか相手を許せませんが、
それでも心から謝罪されれば
許すことができる時もあります。

でも、赦して忘れたと言っても、
実際には、なかなか忘れることは
できないものです。

忘れたとは言っても、
何かあると思い出してしまいます。

忘年会は忘れる会と書きますが、
むしろ思い起こす会と言った方が
いいと思うことさえありますね。

イエス・キリストは、
あなたが自分の間違いを認めて、
悔い改めたとき、
瞬時に赦してくださり、
しかも忘れてくださいます。

そして二度と思い出さないのです。

決して昔のことを
いつまでも言い続けたり、
責め続けたりはされないのです。

イエス・キリストはそういうお方です。

彼は、
あなたを愛し、
私を憐れんで、
私たちを赦すために、
人となって、
この地上に来てくださったのです。

イエス・キリスト、
この方以外に救いはありません。


「聖書って、こんなにおもしろい」より

【2020/02/13 12:00】 | 未分類
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これらの人々はみな、信仰の人々として死にました。
約束のものを手に入れることはありませんでしたが、
はるかにそれを見て喜び迎え、
地上では旅人であり寄留者であることを
告白していたのです。
       ヘブル人への手紙11章13節


私たちの教会は

「The Light of Eternal Agape」

と言います。
その私たちの教会のお墓が
長崎市石神町にあります。
そこには、
浦上四番崩れの時や長崎原爆で
天に召された方々が多く眠っています。
また迫害の中で
83人の指導者が捉えられたとき、
一人信仰を守った
高木仙右衛門のお墓があるところです。

その私たちのお墓に
この御言葉が刻まれ書かれています。

アブラハムをはじめ信仰の人々は
地上では約束のものを見ることはなく
死んで天に召されましたが、
その成就するのを、
はるかに信仰の目で見て
喜びながら天に帰って行きました。
彼らは天で生きており、
天でその成就を見ることを
信じ知っていたのです。

だからこの地上では、
旅人であり寄留者であることを
告白していました。

同じように私たちも、
キリストが再臨される前に
世界的な規模で魂の大収穫、
大リバイイバルが起こることを
信じ知っています。

そして日本にも
その大きな救いの御業が起こり、
世界中に人々が遣わされていくことを
信じています。

そして、
もうそのリバイバルの働きは
始まり始めています。

しかしその大きな波が来る前に、
それを信じて喜びながら
天に帰る殉教者たちがいることも
示されています。

このお墓は、
それでもアブラハムのように
喜んで信じて
この地上で従っていくという
私たちの信仰告白であり、
この地上では
私たちは旅人であり寄留者である
ことの告白なのです。

「聖書って、こんなにおもしろい」より

【2020/02/13 11:00】 | 未分類
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この方以外には、だれによっても救いはありません。
世界中でこの御名のほかには、
私たちが救われるべき名としては、
どのような名も、人間に与えられていないからです。
            使徒の働き4章12節


この方というのは、
イエス・キリストのことを言っています。
どうして、
この方、イエス・キリスト以外に
救いはないのでしょうか。

病気が治ったり、
商売が繁盛したり、
家族や友人と和解して仲直りできたり、
他の宗教でも、
あるいはどこかの団体でも
起こっているのではないでしょうか。

確かに、
いわゆる奇跡が起こることはありますね。

でも、永遠の命、
死にたいする解決と勝利、
それは罪から救われない限りありえないのです。

罪というのは、
神さまに背を向けて
神の愛から離れてしまった人間の姿なのです。
その結果、
本来の姿からズレてしまっているので、
一生懸命生きてもうまくいかない、
自分の心さえ治めることができないでいます。
人の前では治められているように見えても、
本当は心の中には憎しみや妬み、
怒りや悲しみ、憤りや寂しさ、
いろんなものが渦巻いています。
それは私たち一人一人の人生を破壊していきます。
そしてそれがある限り、
神様の愛の中にとどまれないのです。

イエス・キリストが
その罪のすべての咎と罰を
私たち一人一人の身代わりに
十字架で引き受け
死んでよみである地獄に行ってくださいました。
あなたと私の代わりに・・・

だから私たちが自分の罪を悔い改めて、
イエス・キリストを信じるとき、
私たちは赦され、
罪のない者と見ていただき、
これを義とされるといいます。
そして神の子とされ救われるのです。

永遠の命をいただいて、
この体が死んで葬られても、
霊は神と共に永遠に天の御国、
つまり天国で生きることができるのです。


この救いは、
イエス・キリスト以外には世界中、
どこにも誰にも与えられていないのです。

イエス・キリストは
あなたと私を救い、
永遠に共に生きてくださいます。

「聖書って、こんなにおもしろい」より

【2020/02/13 10:30】 | 未分類
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今朝は暖かいです。
「おい!」と呼ぶので行ってみると
「入らん!」と・・・

入らない筈です。
セーターを2枚重ねて着ようとしてます。
「お父さん、入らないはずセーター2枚だよ。
 セーターはどっちか1枚にしないと」というと
「ああ!」とやっと気づき1枚脱ぎました。

少し認知ぽくなんたかな?
気をつけないと・・・
主よ。守って下さい。

【2020/02/13 09:24】 | 未分類
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彼は地に倒れて、
「サウロ、サウロ。なぜわたしを迫害するのか。」
という声を聞いた。
            使徒の働き9章4節


ユダヤ人でありパリサイ派のサウロは、
律法を厳格に守るユダヤ教徒でした。

イエスがキリスト、
つまり救い主、メシアであるとは
信じていませんでした。

ですから、
主の弟子であるクリスチャンたちは
彼の目にはとんでもない異端に見えたのです。
彼は正義感が強く、
そんなクリスチャンである主の弟子たちは
殺すべきだと思い、迫害をしました。
そして大祭司のところに行き、
ダマスコの諸会堂あての手紙を
書いてくれるよう頼んで、
この道の者であれば男でも女でも、
見つけ次第縛り上げて
エルサレムに引いて来ようとしました。

ところが、道を進んで行って、
ダマスコの近くまで来たとき、
突然、天からの光が
彼を巡り照らしたのです。
彼は地に倒れて、

「サウロ、サウロ。なぜわたしを迫害するのか」

という声を聞きました。
彼が、

「主よ。あなたはどなたですか。」

と言うと、

「わたしは、
 あなたが迫害しているイエスである。
 立ち上がって、町にはいりなさい。
 そうすれば、
 あなたのしなければならないことが
 告げられるはずです」

とお答えがありました。
サウロは立ち上がりましたが、
目は開いていましたが何も見えず、
人々に手を引いてもらい
ダマスコに連れて行ってもらいました。
彼は三日の間、目が見えず、
飲み食いすることもできませんでした。
その後アナニヤという人が来て
彼に手を置き祈る時、見えるようになり、
バプテスマを受けて
イエスは神の子であると宣べ伝え始め、
命をかけて福音宣教する者とされていきます。

自分が正しいと思っていたこと、
神にあって正しい、
決して間違っていないと思っていたこと、
それが間違いだと
主イエスに示され語られた時、
あなたは悔い改めて、
向きを変えることができますか。

そこで自分の義を捨てて、
神のことばに従う時、
私たちは神の栄光を見、
神の愛の御業に預かることができるのです。

「聖書って、こんなにおもしろい」より

【2020/02/13 07:00】 | 未分類
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「導く人がなければ、どうしてわかりましょう。」
           使徒の働き8章31節


ピリポが御霊に導かれて、
エチオピヤ人の女王カンダケの高官が
乗っていた馬車に走り近づくと、
預言者イザヤの書を
読んでいるのが聞こえました。

それでピリポは
「あなたは、読んでいることが、わかりますか。」
と聞くと、その人は

「導く人がなければ、どうしてわかりましょう。」

と言いました。
それでピリポは頼のまれるまま、馬車に乗り、
彼が読んでいた聖句から始めて、
イエスのことを彼に宣べ伝えます。

すると、水のある所に来たので、宦官が
「ご覧なさい。水があります。
 私がバプテスマを受けるのに、
 何かさしつかえがあるでしょうか。」
と言って、馬車を止めさせました。

そこで宦官は、
ピリポからバプテスマを受けました。

彼が水から上がって来ると、
主の霊がピリポを連れ去られたので、
宦官はそれから後
彼を見なかったのですが、
彼は喜びながら帰って行ったのです。 

聖書を解き明かす導き手がいると、
イエス・キリストを知ることができます。

神様はあなたを愛しているので、
あなたに最もふさわしい導き手を
必ず与えてくださいます。

教会に行くとその導く人に出会えます。
その人は聖書を通して、
あなたをイエス・キリストに
出会わせてくださるでしょう。

あなたがイエス・キリストを信じると
聖霊があなたにところに来てくださり、
それからは聖霊が聖書を解き明かし、
イエス・キリストを指し示してくださいます

「聖書って、こんなにおもしろい」より

【2020/02/12 14:00】 | 未分類
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それと同じように、
信仰も、もし行ないがなかったなら、
それだけでは、死んだものです。
      ヤコブの手紙2章17節


信仰とは、信じることです。

そして「信じる」人は、
信じる方の言葉に従います。
信じているからです。

ここでいう行いとは立派な行い、
良い行いということではありません。
もちろん、
立派な行いも良い行いも
すばらしいことですが、
それは信仰の結果です。

ここでいう行いとは、
信じる方、
神であられる父なる神様、
イエス・キリスト、
そして聖霊様が語られていることに
従うことです。

もし信じていると言いながら、
主イエスが語れる言葉に従わないなら、
その信仰を通して、
神様が与えようとされている
深い大きな愛を知り、
奇跡の御業に預かることは
できないのです。

幼子のように、
聖書のみことばと、
主イエスの語られることばに従い、
神の愛の中で、
祝福を豊かに受けていきましょう。


「聖書って、こんなにおもしろい」より

【2020/02/12 13:33】 | 未分類
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もしおそくなっても、それを待て。
それは必ず来る。遅れることはない。
       ハバクク書2章3節


神様が与えて下さった約束は
必ず成就します。

ただ多くの場合、
私たちが思っているよりも
成就する時が遅いのです。
忍耐がいります。
いったい、
いつまで待たされるのだろうと
しびれを切らしてあきらめてしまったり、
投げ出してしまう人もいます。

そしてつぶやき始めるのです。
神様は約束を守ってくれなかった・・・
あれは私の思い込みだったのか・・・と。

でも神の時は必ずやってきます。
私たちには遅く感じても、
神の時は決して遅れることはありません。

神の時は完全で最善なのです。

神さまは、
私たちが思うよりも
さらに大きな計画と豊かな祝福を
用意されています。

主イエスに期待して、
忍耐を持って
神の時を待ち望みましょう。

神の時は必ず来るからです。

そして、もうそこまで来ているのです。

「聖書って、こんなにおもしろい」より

【2020/02/12 10:31】 | 未分類
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長崎は今日は小雨が降っています。
今朝も、私が早天祈祷から帰ると
服を着てディサービスへ行く準備をしていました。

筋肉は弱ってきていますが、
元気です。
先日も定期の健診に行き、
薬が出来るまで時間がかかるので
病院の待合室で待ってもらい、私は薬局へ
その時知り合いの看護師さんたちが
「あら一人ね。元気?」と数人声掛けして下さったようです。

その時の会話を教えてくれました。
夫「おう!お前たちは相変わらずブスだね」
看護師「もう、相変わらずその口は減らず口だね。」
夫「口は一つしかなかとに、へっか(減るか)」と・・・

相変わらずです。
夫の性格を知っておられる看護師さん達は
笑っていかれたそうです。
夫から悪いジョークが出る間は元気な証拠です。

夫の口から感謝や賛美、神の言が飛び出すことを
信じて祈っていきます。
神の奇跡が起きますように!


【2020/02/12 09:28】 | 未分類
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