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5月8日、63歳の夫が脳梗塞で緊急入院、一度は命が危ないと言われ、左半分は麻痺となった。9月の退院と言われつつ、7月の末には、歩けるようになり、4階にある我が家へ自分の足で歩き退院し帰宅した夫。
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今朝はちょっと肌寒い朝です。
早い朝食を済ませ、入浴も済ませ
気持ちよく寝ている夫です。

それから私が教会に出てくるまで
トーストを一枚、バナナを1本食べていました。
食欲の秋の夫です。
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【2020/10/31 09:01】 | 未分類
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人がもし、不当な苦しみをうけながらも、
神の前における良心のゆえに、
悲しみをこらえるなら、それは喜ばれることです。

罪を犯したために打ち叩かれて、それを耐え忍んだからといって、
何の誉れになるでしょう。
けれども、善を行なっていて苦しみを受け、
それを耐え忍ぶとしたら、それは、神に喜ばれることです。

あなたがたが召されたのは、実にそのためです。
キリストも、あなたがたのために苦しみを受け、
その足跡に従うようにと、あなたがたに模範を残されました。

キリストは罪を犯したことがなく、その口に何の
偽りも見いだされませんでした。
ののしられても、ののしり返さず、苦しめられても
おどすことをせず、正しくさばかれる方にお任せになりました。

そして自分から十字架の上で、私たちの罪を離れ、
義のために生きるためです。
キリストの打ち傷のゆえに、あなたがたはいやされたのです。

あなたがたは、羊のようにさまよっていましたが、
今は、自分のたましいの牧者であり監督者である方の
もとに帰ったのです。

             1ペテロ2 : 19 ~ 25

今朝のデボーションより

【2020/10/30 18:55】 | 未分類
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今日は良いお天気になりました。
元気にディサービスへ出かけました。

さあ、私はこれから家事スタートです。
11時半位までに大体のものを済ませないと
11時45分から12時くらいまでに帰って来ます。

今日も楽しんで帰って来れますように。
コロナ、インフル、風邪からも守られますように。

【2020/10/29 09:04】 | 未分類
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あなたがたが新しく生まれたのは、

朽ちる種からではなく、朽ちない種からであり、

生ける、いつまでも変わることのない、

神のことばによるのです。

「人はみな草のようで、

 その栄えは、みな草の花のようだ。

 草はしおれ、

 花は散る。

 しかし、主のことばは、

 とこしえに変わることがない。」

         1ペテロ1 : 23 ~ 25

今日のデボーションより

【2020/10/29 08:10】 | 未分類
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ある人々のように、
いっしょに集まることをやめたりしないで、
かえって励まし合い、かの日が近づいているのを見て、
ますますそうしようではありませんか。

       ヘブル人への手紙10章25節


私たちの教会の主任牧師は
イエス・キリストです。

教会とは、
イエス・キリストを信じた
私たち一人一人です。

その私たち一人ひとりのために、
イエス・キリストは偉大な祭司として、
父なる神にとりなしてくださっています。

キリストは、
あなたと私の身代わりとなって、
十字架にかかり地獄であるよみにまで降り、
私たち一人ひとりの罪を贖い、赦して、
神の子としてくださいました。

そして、復活された主イエスは、
今は天で、父なる神の右の座で、祭司として、
あなたと私のために
とりなしてくださっています。

私たちは救われ、神の子とされたとき、
個人として救われたのと同時に
教会の一部として救われました。

人が生まれる時、
個人として生まれるのと同時に
家族の一人として生まれるのと同じです。

ですから、
私たちは天に帰る日まで、共に集まり、
父なる神、子なるキリスト、聖霊なる神を、
教会に集って礼拝し、ともに祈るのです。

その時、教会に聖霊は注がれ、
教会を通して使命は与えられ、
教会の中で神の愛に触れられ、
愛することを深く学んで知っていくのです。


イエス・キリストはあなたを愛しておられます。

「聖書って、こんなにおもしろい」より

【2020/10/28 20:30】 | 未分類
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ですから、イスラエルのすべての人々は、
このことをはっきりと知らなければなりません。
すなわち、神が、今や主ともキリストともされた
このイエスを、あなたがたは十字架につけたのです。

         使徒の働き2章36節


聖霊のバプテスマを受け、
聖霊に満たされたペテロは
十一人とともに立って、声を張り上げ、
人々にはっきりと
ヨエルの預言の成就のことから初めて、
福音を語りました。

イエス・キリストを
彼らが十字架につけ殺したこと、
しかしイエスは
3日目に復活され甦られたことを、
ユダヤ人に向かって、
大胆に恐れずに語ったのです。


キリストの仲間だと言われることを恐れ、
キリストを知らないと言い、
呪いまでかけたペテロ。

ユダヤ人たちを恐れ、
他の弟子たちとともに
隠れて祈っていたペテロ、

その弱く恐れおののいていたペテロが、
ユダヤ人を恐れずに
彼らに向かって、
大胆に命をかけて福音を語りました。

しかも
十字架につけて殺したのはあなた方だと、
まるで殺してくださいと言うかのように。

ここまで、はっきりと大胆になれたのは、
まさに聖霊の力でした。

ペテロは聖霊の力を受け、新しくされたのです。

あなたも同じように聖霊の力を受ける時、
新しくされます。

そして求めるなら、
必ず聖霊の力を受けることはできるのです。

それが神があなたに
願い望んでおられることだからです。


イエス・キリストはあなたを愛しておられます。

「聖書って、こんなにおもしろい」より

【2020/10/28 20:00】 | 未分類
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約束された方は真実な方ですから、
私たちは動揺しないで、
しっかりと希望を告白しようではありませんか。

       ヘブル人への手紙10章23節


自分の罪を悔い改めて、
イエス・キリストの十字架を信じた者は、
罪が赦され、義とされ、
神の子とされています。

人は赦したと言っても
残念ながら罪を忘れられませんが、
神は完全に赦して忘れてくださいます。

しかも義とされるということは、
一度も罪を犯したことのない者として
見てくださるのです。

ですから、
素直に、厚かましいぐらい大胆に、
父なる神に求め願っていいのです。

そして神の子とされました。
つまり
イエス・キリストと同じ祝福を
受けることができるのです。

こんなにすばらしい恵みを受け
祝福されているのですから、
日々の生活の中で起こる
問題や試験、困難の中で、
目に見える状況や人々の言葉に動揺しないで、
しっかりと神のことばに立ち、
希望を告白し続けましょう。

神の約束と言葉は必ずそうなります。
神の時が来るとき、成就するのです。
約束された方は真実な方だからです。


あなたはイエス・キリストに愛されています。

「聖書って、こんなにおもしろい」より

【2020/10/28 19:17】 | 未分類
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今朝も早天祈祷会から帰って見ると
ディサービスへ行く準備をしていました。

足の筋肉が弱って来てるので
寒くなると気をつけないといけないです。
転ばないように。

狭い家で助かっています。
あちこちつかまりながら歩行器を
使わないで行けています。

【2020/10/28 12:58】 | 未分類
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今日は教会の用事で、早天祈祷会を終え
そのまま教会に残りました。

夫にはちゃんと話してきたので、
又ディサービスへ行く準備もして来たので
大丈夫だと思いますが・・・
夕方にしか帰れないので
イエス様が守って下さる事を信じて感謝します。

私がいない間好き勝手に食べれて
喜んでるかもしれません。

【2020/10/27 08:57】 | 未分類
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この群の今年度最後の礼拝でした。
(私達の群れでは11月1日を新年としなさいとの
聖書の言から語られているので今日が今年度最後の
礼拝となります。)

又夫と共に礼拝が出来たことを感謝します。
一年間本当に守られて共に礼拝出来たことを
心から感謝します。

【2020/10/25 13:32】 | 未分類
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「私の兄弟たち。さまざまな試練に会うときは、

 それをこの上もない喜びと思いなさい。

 信仰がためされると忍耐が生じるということを

 あなたがたは知っているからです。

 その忍耐を完全に働かせなさい。

 そうすれば、あなたがたは、

 何一つ欠けたところのない、

 成長を遂げた、完全な者となります。」

            ヤコブ 1 : 2 ~ 4

今朝のデボーションより

【2020/10/24 08:32】 | 未分類
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昨夜、娘が知り合いの方がケーキ屋さんを
開いたからと寄ってきたと言って
ケーキを買ってきてくれました。

イチジクのケーキです。
とても美味しそうです。
娘が持って帰ってきたのが夜遅かったので
夫と私は今朝、いただきました。
朝から甘い物で美味しかったです。

帰ってきてから食べようと思っていると
夫に全部食べられてしまうからです。
「お父さん、残っているケーキはAのたからね。」と
言っておいたので大丈夫でしょう!
こんな状況ではなかなか痩せそうにありません。

【2020/10/23 16:17】 | 未分類
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今日は何時もの病院に行きました。
診察と薬をもらうためです。


いつもと変わりありませんが
足の筋肉か弱ってきてます。
Drも「今日は今迄で一番足の運びがおかしかったね。」と
言われてました。

そんな中で本当に守られています。
本当に主に感謝します。

【2020/10/23 16:07】 | 未分類
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いのちの書に名のしるされていない者はみな、
この火の池に投げ込まれた。

      ヨハネの黙示録20章15節


私たちが自分の罪を
イエス・キリストの十字架の前で悔い改めて、
イエス・キリストを信じるとき、
永遠の命が与えられ、いのちの書に名がしるされます。

しかし、
イエス・キリストを信じていない人は、
このいのちの書に名がしるされていません。

ですから、
このいのちの書に名が記されていない者というのは、
イエス・キリストを信じていないで
地上の人生を終え死んだ人のことです。

つまり、
イエス・キリストを信じていなければ、
みな死の後に火の池に投げ込まれてしまうのです。
例外はありません。
もう死んでいるから熱くないと思わないでください。
この地上の身体は焼かれても霊は残り存在しています。

イエス・キリストを信じている者は、
新しい朽ちることのない、
強い、完全なからだを頂いて復活するのです。

イエス・キリストの十字架には
私たち人間の罪を贖い赦す力があります。

ですから、
自分の罪を悔い改めて、
このイエス・キリストの十字架を信じれば、
復活の命、復活のからだに預かれるのです。
それ以外に助かる道、救われる道はありません。

信じていなければ
火の池に例外なく投げ込まれてしまうのです。

イエス・キリストを信じて、
あなたの名前を、いのちの書にしるして頂きましょう。

あなたはイエス・キリストに愛されています。


「聖書って、こんなにおもしろい」より

【2020/10/22 13:28】 | 未分類
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わたし、このわたしは、
わたし自身のためにあなたのそむきの罪をぬぐい去り、
もうあなたの罪を思い出さない。

     イザヤ書43章25節


悔い改めるとき、
気をつけなければならないことがあります。

それは同じことを何度も何度も
悔い改める必要はないということです。

もちろん、私たちは弱さがあるので、
同じ罪を繰り返し犯すことがあります。
その度に悔い改めることは大切です。
その度に主である神は赦してくださいます。

でも過去の失敗、自分の犯してしまった罪を、
本当に悪かったと思い、
主の前に心から悔い改めたのに、
その罪を何度も何度も悔い改める方がおられます。
これは不信仰です。

主はあなたが心から悔い改めたとき、
もう完全に赦して下さったのです。

主イエス・キリストの十字架によって
完全に赦されたのです。
その主の赦しを受け取ればいいのです。

でも、どうしても、
その主の赦しを受け取ることができないで、
同じことを、何度も、何度も、
繰り返し、繰り返し悔い改めるのです。

このような方は、いつまでも、
自分を責め続け、罪悪感の中で、
苦しみもがき続けてしまうのです。

こういう方は、
主イエス・キリストが
十字架でなしてくださった完全な赦しを、
信仰をもって、
受け取って行かなければなりません。

自分の感覚や感情ではなく、
御言葉に対する信仰が必要なのです。


子どもが悪いことをして、
お父さんに「ごめんなさい」と謝ると、
お父さんは許してくれました。

翌朝、起きてきて子どもがまた謝ります。
「もういいよ」とお父さんは言います。
学校から帰ってきて、また謝ります。
ご飯を食べる前にも、寝る前にも、
それを何日も続けたら、
お父さんは逆に怒り出してしまうでしょう。

もう許したと言ったのに、
いつまでも謝らなくていい、
そんなにお父さんの言葉が信じられないのかと。


同じことを神様に対してしていませんか、

一度心から悔い改めるなら、
父なる神様は、
イエス・キリストの十字架の故に完全に赦し、
あなたの罪を忘れてくださるのです。
そして、もう思い出さないのです。

あなたは赦されています。
完全に赦されています。
それを信じて受け取りましょう。


イエス・キリストはあなたを愛しておられます。

「聖書って、こんなにおもしろい」より

【2020/10/22 12:15】 | 未分類
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長崎は今朝は雨です。
お迎えを受けてディサービスへ
元気に行きました。

風邪をひかないように
楽しめますように。

【2020/10/22 09:05】 | 未分類
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私たちは喜び楽しみ、神をほめたたえよう。
小羊の婚姻の時が来て、花嫁はその用意ができたのだから。

          ヨハネの黙示録19章7節


聖書の最後に書かれている
「ヨハネの黙示録」に「花嫁」という言葉が出てきます。

この「花嫁」と訳されている言葉は、
直訳すると「妻」となります。

この花嫁、「妻」とは教会のことです。

つまり、キリストの花嫁である教会は、
再び来られる、再臨されるキリストを
迎え入れる用意ができたというのです。

用意ができた妻である教会、
これは建物ではなく、
イエス・キリストを信じている私たちのことです。

あなたと私を、私たち一人一人を、
神は、キリストの花嫁として整えて下さるのです。
素晴らしい約束ですね。

でも、今の自分を見ていると、
とても間に合いそうにない、
そう思ってしまうことはありませんか。
罪を繰り返し失敗してしてしまう
こんな私に落胆したり、
どうしようもない自分に
絶望したりすることがあるかもしれません。

しかし、
アガペーの愛で愛してくださる主イエスは、
決して私たちを見捨てることなく、
あきらめることなく、忍耐強く、
愛を持って憐れみの心で
育み建てあげて下さるのです。

主イエス・キリストに目を向け、
この方を信じて、この方に期待しましよう。

神は必ずあなたを、
そして私をキリストの花嫁として
用意できた者にして下さるのです。


イエス・キリストはあなたを愛しておられます。

「聖書って、こんなにおもしろい」より

【2020/10/21 11:00】 | 未分類
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私は、自分の罪を、あなたに知らせ、
私の咎を隠しませんでした。私は申しました。
「私のそむきの罪を主に告白しよう。」
すると、あなたは私の罪のとがめを赦されました。

          詩篇32篇5節


真剣に悔い改めているのに、
主の祝福を十分に見ていない人がいます。
それは、その悔い改めが、
的はずれてになってしまっているからです。

私たちは悔い改める時
「自分の罪」を言い表し、悔い改めるのです。

ところが、自分の罪ではなく、他人の罪を
一生懸命悔い改めていることがあります。

特に、とりなしの祈りをしているとき、
気がつくと他の人の罪を、
一生懸命言い表して
悔い改めていることがあるのです。

例えば、夫や妻、子どものことを祈るとき
「あの人は、あの子は、こんな悪いことも、
 あんなどうしようもないこともしていますが、
 どうか憐れんでください。赦してください」
と祈るのです。

日本のことを祈るときも
「この国は、
 偶像礼拝と姦淫の罪で満ちていますが、
 どうか彼らを憐れんでください」
と祈るのです。

これはとりなしとは言えません。
祈りの中で人を責め裁いているからです。

私たちは「他の人」の罪を
告白する必要はありません。

「自分の罪」を告白し悔い改めるのです。
そのとき、主は喜んで赦し、
十字架の力が流れてきます。

日本の罪を悔い改めるときは、
私たちは自分のこととして、祈りましょう。
「私たちの偶像礼拝の罪、
 この汚れに満ちた姦淫の罪、
 この私たちの罪をどうか赦してください。
 私たちは、まだあなたの事を知らず、
 本当の神がわからないでいるのです。
 それはイエス様を知っている私が、
 彼らに、十分に、
 あなたのことを伝えていないからです。
 それは、私の罪、私たちの罪です。
 どうか私を赦し、
 私たちのこの国を憐れんでください」
と祈るとき、
主の愛と憐みの御手が動き出します。

イエス・キリストは
この国、日本を愛しておられます。

そして、あなたを
イエス・キリストは愛しておられます。

「聖書って、こんなにおもしろい」より

【2020/10/21 09:30】 | 未分類
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紫の桜「ジャカランダ」と言う花だそうです。


今朝も早天から帰って見ると
ディサービスへ行く準備を自分でしていました。
しかし、2回目の朝食もしてました。
「まぁ、いいか・・・
イエスさま!お腹を守って下さい」

【2020/10/21 09:18】 | 未分類
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「あなたがたの確信を投げ捨ててはなりません。

 それは大きな報いをもたらすものなのです。

 あなたがたが神みこころを行って、約束のものを

 手に入れるために必要なのは忍耐です。」

                 ヘブル 10 : 35 ~ 36

今朝のデボーションより

【2020/10/20 10:08】 | 未分類
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16日は夫の74歳の誕生日でした。
ディサービスからスタッフの方からの寄せ書きの
色紙をもらってきました。
(毎年下さいます。)
又教会のHさんからもお菓子をいただきました。

先日の礼拝に行った時、その方が
「おめでとうございます」と言いにこられると
頭を下げるのではなくいつものように片手をあげて
応えてました。
でも目には涙がたまってました。
毎年気にかけて下さっているので
嬉しかったのでしょう。

ここまで守り祝福して下さってる
主に心から感謝します。

【2020/10/20 09:48】 | 未分類
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枸杞の花

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イモネノホシアサガオ(芋根の星朝顔)

【2020/10/18 15:54】 | 未分類
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今日も共に礼拝できた恵みを感謝します。
夫は礼拝中、ほとんど、気持ちよさそうに
寝ている状況ですが感謝します。

教会にキリストが満ちておられるので
触れて下さってる事を信じます。

【2020/10/18 15:52】 | 未分類
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今朝も元気にディサービスへ
おっ!と片手をあげて、いつものあいさつで
介助を受けて行きました。
楽しめますように!

【2020/10/15 09:15】 | 未分類
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もし、私たちが自分の罪を言い表わすなら、
神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、
すべての悪から私たちをきよめてくださいます。

       ヨハネの手紙 第一1章9節


「悔い改め」の恵みというと、
私たちは、今まで犯してしまった罪の赦し、
つまり過去の罪の赦しというふうに思い考えてしまいます。

しかし、主イエスの十字架の赦しは、
過去にだけとどまるものではありません。
それは今からのち、将来や未来にまで及ぶのです。

私たちが自分の罪を言い表わすなら、
神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、
すべての悪から私たちをきよめてくださいます。
とありますが、この「きよめる」という言葉は、
罪の染みを取り除くという意味があります。

つまり、
私たちの過去に犯した罪を赦して、
義としてくださり、
白くしてくださるというだけではなく、
これから後の将来においても、
その告白した罪と誘惑に打ち勝っていく力を、
主イエスは十字架を通して
与てくださるということなのです。

主イエスは、
私たちが、真実に自分の罪を告白するとき、
私たちを赦し、きよめてくださり、
すべての悪に打ち勝つ力を与えて、
本当の姿である勝利者へと変えてくださるのです。

「悔い改め」は、
私たちの過去をきよめるだけでなく、
私たちの将来、未来までも
きよくする力があるのです。

なんと素晴らしい恵み、祝福でしょう。

私たちの信じている聖書の神は、
時間をも創造され方であり、
主イエス・キリストには、
何一つ不可能はないからです。


イエス・キリストはあなたを愛しておられます。

【2020/10/14 12:17】 | 未分類
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バイクを走らせていると何処からともなく
金木犀の香りがしてきます。
本当に秋らしくなりました。

早天祈祷会から帰って見ると
今日もデイサービスへ行く準備をしていました。
「今日も半袖でいいか?」と聞くので
今日はちょっと肌寒いから長袖の方がいいかも」と言うと
長袖に着替えていました。

自分でできる分はゆっくりでもいいので
そのままやらせています。
ただズボンをはくときがうまくいかない時がありその時は
手助けをしています。

【2020/10/14 08:55】 | 未分類
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あなたがたが互いに愛し合うこと、
これが、わたしのあなたがたに与える戒めです。

        ヨハネの福音書15章17節


愛し合うこととはどういうことでしょうか。
それは赦し合うことから始まります。

愛の極みであるイエス・キリストの十字架が
赦しであったように、
私たちもお互いを赦すことから、
愛し合うことは始まるのです。

でも赦すということは、
その前に赦せないことが、まずあるということですね。

ということは
愛することは赦せないことから始まるわけです。

そのとても赦せないことを赦すこと、
それが愛することなのです。

それは私たち人間の力ではできません。

イエス・キリストの恵み、
十字架の恵みの中で赦せるのです。

もしあなたが自分には許せないと傷んでいたなら、
自分を責めているなら、
もう自分を責めることはやめましょう。
私たちの中には赦す力はありません。

でもイエス・キリストを信じた時、
私たちに与えられた聖霊様は
赦すことができるように助けてくださいます。

イエス・キリストの名によって祈り、求める時、
主イエスは十字架の愛と恵みを注いでくださり、
赦すことができるようになります。

その時、
私たちは神の愛を
さらに深く深く知ることができます。


イエス・キリストはあなたを愛しておられます。

「聖書って、こんなにおもしろい」より

【2020/10/13 15:07】 | 未分類
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人の子が栄光を受けるその時が来ました。

      ヨハネの福音書12章23節


イエス・キリストが
「人の子が栄光を受けるその時が来ました。」
と言われた時、
それは十字架にかかる時のことでした。

神の一人子であるイエス・キリストご自身が、
神に捨てられ、呪われたものとして、
あなたと私、
そして全人類の罪の身代わりとなって
十字架に付けられ殺される時でした。

イエス・キリストは十字架のことを
「栄光を受けるその時」と言われ、
さらに続けて言われました。

「まことに、まことに、あなたがたに告げます。
 一粒の麦がもし地に落ちて死ななければ、
 それは一つのままです。
 しかし、もし死ねば、豊かな実を結びます。
 自分のいのちを愛する者はそれを失い、
 この世でそのいのちを憎む者は
 それを保って永遠のいのちに至るのです。」と。

イエスは
十字架以外に罪人である私たち人間を
救う道がないことを知っておられました。

そして
それは豊かな実を結ぶ道であることも。

だから死の道である十字架を受け取り、
復活を信じて、自分から命を捨てられたのです。
あなたと私が永遠のいのちに至り、
祝福を受けるために。

イエス・キリストの愛は
なんと深く大きいのでしょう。


イエス・キリストはあなたを愛しておられます。
「聖書って、こんなにおもしろい」より


【2020/10/13 14:06】 | 未分類
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また、あなたがたがわたしの名によって
父に求めるものは何でも、
父があなたがたにお与えになるためです。

     ヨハネの福音書15章16節


イエスは
「あなたがたがわたしを選んだのではありません。
 わたしがあなたがたを選び、
 あなたがたを任命したのです。
 それは、あなたがたが行って実を結び、
 そのあなたがたの実が残るためであり」と言った後、
こう言われました。

「また、
 あなたがたがわたしの名によって
 父に求めるものは何でも、
 父があなたがたにお与えになるためです。」と。

行って実を結ぶために大切なことは、
イエス・キリストの名によって、
あなたがたが、つまり選ばれた者たちが、
求めることです。

求めるものは何でも
父がお与えになると言われました。

もちろん、
それは父なる神の御心にかなうものです。
でも父なる神の御心は、
そんなに狭く小さくありません。
私たちの信じている方は
「偉大な神」であり、
あなたと私のために、神であることを捨て、
十字架にまて従い、命を捨ててくださった方、
イエス・キリストです。

このイエス・キリストの御名によって、
選ばれた者たちが
父なる神に求めるなら、
何でも与えてくださるのです。

大胆に
主イエス・キリストの御名によって
父なる神に求めましょう。

あなたも私も、
神の憐れみと恵みによって
選ばれた者なのですから。

イエス・キリストはあなたを愛しておられます。

「聖書って、こんなにおもしろい」より

【2020/10/13 13:00】 | 未分類
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今日もディサービスへ
早天祈祷会から帰ってみると、
身支度をして、靴や椅子も出し準備をしていました。
以前、行くのを渋っていたのが嘘のようです。

ディサービスや教会に行くのが
夫にとって良い刺激になっているようです。

【2020/10/13 11:40】 | 未分類
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