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5月8日、63歳の夫が脳梗塞で緊急入院、一度は命が危ないと言われ、左半分は麻痺となった。9月の退院と言われつつ、7月の末には、歩けるようになり、4階にある我が家へ自分の足で歩き退院し帰宅した夫。
それから、娘が私の事を「お母さん」と
わかったのは二年後の娘が四歳の時でした。
それも突然でした。

ある日洗濯物をたたんでいる私に
後ろから「ちゃあちゃ〜ん!」と飛びついて
来たのです。
「 A ちゃん!お母さんてわかったんだね。」と
ぎゆっと抱きしめました。

普通のお子さんは一歳前後で母親とわかり
「ママ」とか「おかあさん」とか呼びます。
私にとっては数年待った「 ちゃあちゃ〜ん」
でしたので待った分の喜びも倍増でした。

自閉症の娘をもって始めて今まで当たり前と
思ってた事が当たり前ではないという事に
気付かされ、目が見える事、耳が聞こえる事
手足が使える事が感謝に変えられて行きました。

後で考えて見ると、神様の全てがご計画の中でした。
長男が教会付属の幼稚園に入園し、そこの講演会で
宣教師夫人の言葉にふれ、神を知り娘も言葉が
話せないまま長男と同じ幼稚園に受け入れてもらい
日曜日は、娘と一緒に幼稚科の教会学校に通いました。

娘の成長は著しいものでした。
殆ど言葉が話せない、話せても周りの人達はまったく
わからない状況、じっとしている事が出来ないその子が
どんどん成長していったのです。
ありのままの娘を受けて入れてくれた子供達、先生・・・
娘が何か出来たら「ワアー! A ちゃんができた!」と
手を叩いて全身で喜ぶ子供達。
娘は愛されてる事を肌で感じ取って行ったのだと思います。

私は私で神様からのみ言葉に支えられていました。
「この人が罪を犯したのでもなく、
両親でもありません。
神のわざがこの人に現れるためです。」ヨハネ 9 : 3
このみ言葉によってこの子は癒されるきっと神様の
み業がなされると・・・・・

神様は真実でみ言葉のとおりみ業をなされ
娘は癒されました。
いろんな事がありましたが主は守り続けて下さいました。
一人でたくましく生きてる長女の寝顔をみながら
神様の深い愛と憐れみを注ぎ続けてくださった
神様に心から感謝しています。
再び長女が喜んで聖書を読み祈る者になるように
祈っています。


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【2015/12/10 20:41】 | 未分類
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