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5月8日、63歳の夫が脳梗塞で緊急入院、一度は命が危ないと言われ、左半分は麻痺となった。9月の退院と言われつつ、7月の末には、歩けるようになり、4階にある我が家へ自分の足で歩き退院し帰宅した夫。
教会で祈るという事は本当に恵である。
14日、始めて夫が礼拝を休んだ。
人って私も含め主がして下さった事は忘れ、
ちよっと辛い事や苦しい事があるとそこにだけ
目を留め感謝できなくなる弱い者である。
悲しかったが祈ろうそれしかないと思った。

教会は15日の夕方から断食祈祷だったが
私は主に導かれ14日から断食に入った。
長崎断食祈祷院として、オーストラリアチームの
とりなし、教会の祈り、個人の祈り、聖書と
心をひとつにして祈り、又教会の祈りの中でも夫の
ためにも執り成して下さった。

4日目(私にとっては5日目))教会で皆と共に読んだ
聖書の中から夫へのみ言葉を与えられた。
詩篇91:15
彼が、わたしを呼び求めれば、
わたしは、彼に答えよう。
わたしは苦しみのときに彼とともにいて、
彼を救い彼に誉れを与えよう。 と主を信じて行こう。

次の日曜日21日の朝、夫が早い朝食をとりながら
「俺は礼拝にはいかん。」えっ!どうして?と言うと
「いや、煙草も辞められんし…」と、夫なりにいろいろと
言いましたが、つい言うまいと思っていましたが「人間って
すぐして下さった事を忘れ、ちよっと辛い事があると不満を
持ってしまう。何か悲しいね。」と言ってしまった。

そのまま私は早朝礼拝に行った。
しかしその早朝礼拝で夫への対応を悔い改めました。
すると預言を通して語られたのです。
心を注ぎ出して祈れ。
逃げてはいけない。その問題と向き合って祈れ。
わたしが共にいる。
弟子となるための整え、群衆ではない、弟子として…
と言う弟子と言う言葉がわたしの中にぐっーと
入ってきたのです。

そうだ。夫は群衆ではなく、弟子になるんだ。
再び、与えられた詩篇のみ言葉と
人間を獲る漁師にする。と言われたみ言葉が
思い起こされました。
神を信じて信仰をもって告白していけばいい
「ペンテコステに洗礼を受けるようになる。」と
平安が与えられ、第一礼拝にのぞみました。
第一礼拝のメッセージをしながら突然、牧師が
「皆さん、歓迎の拍手をして迎えましょう!
来られました。」と言われたので振り向くと
入口の所に夫の姿があったのです。

行かない。と言っていた礼拝にやって来たのです。
教会の祈りと、み言葉と預言の言に支えられました。
み言葉をもって支えて下さる真実なる神様に感謝です。

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【2013/04/22 23:05】 | 未分類
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