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5月8日、63歳の夫が脳梗塞で緊急入院、一度は命が危ないと言われ、左半分は麻痺となった。9月の退院と言われつつ、7月の末には、歩けるようになり、4階にある我が家へ自分の足で歩き退院し帰宅した夫。
手を置いて祈り主に聞きつつ祈っていくなかで
主は夫の心の状態をも教えて下さる…
口に出して祈れないものは、心のなかで祈りつつ
血液循環が良くなるように、脳梗塞の後遺症が
癒されるように祈る。

手を置いて祈る事態私にとっても驚くべき事。
夫の救いのための祈りはみ言葉を与えられた時から
祈ってはいる。毎日ではなかったが…
夫のためと時間を決めて祈ったのは18年ぐらい前、
まだ鹿児島にいる時でバイクの免許を持って
いなかった私は牧師宅でやっていた早天祈祷会に
行くため自転車で片道1時間を夫の為に祈った。
その頃は夫に手を置いて祈れるなんて考えても
いなかった。夫も俺が教会なんていくか!と言ってる
時である。

それから数年たち船を降りいろんな事があったが
祈りは拒絶していた。拒絶というより馬鹿にして
いたかもしれない。
10年ぐらい前、仕事でシヨッキングなことがあり、
食事も取れない、寝むれない状況が続きその時
「苦しい、背中をさすってくれ」と言いました。
「イエスさま、十字架を感謝します」
「十字架を感謝します」と言いながら背中のあちこちに
手を置いていきました。それは祈りとは言えないものでした。
しかし、イエス様の十字架にすがって手を置いていきました。
すると夫が「ああ、気持がいい…」とすっーと寝むったのです。
イエス様の十字架の愛は、信じている者の手を通しても
流れていきます。
十字架の愛に恵みに感謝です。
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【2013/04/25 15:13】 | 未分類
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