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5月8日、63歳の夫が脳梗塞で緊急入院、一度は命が危ないと言われ、左半分は麻痺となった。9月の退院と言われつつ、7月の末には、歩けるようになり、4階にある我が家へ自分の足で歩き退院し帰宅した夫。
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けれども、私が自分の走るべき行程を走り尽くし、
主イエスから受けた、神の恵みの福音を
あかしする任務を果たし終えることができるなら、
私のいのちは少しも惜しいとは思いません。
          使徒の働き20章24節


大迫害者だったパウロが改心して、
使徒パウロとなり、
命をかけてイエス・キリストの福音を
宣べ伝えるものとなりました。

そのパウロは、
ミレトからエペソに使いを送って、
教会の長老たちを呼び、
彼らが集まって来たとき、送別説教をしました。

「皆さんは、
 私がアジヤに足を踏み入れた最初の日から、
 私がいつもどんなふうに
 あなたがたと過ごして来たか、
 よくご存じです。
 私は謙遜の限りを尽くし、涙をもって、
 またユダヤ人の陰謀により
 わが身にふりかかる数々の試練の中で、
 主に仕えました。

 益になることは、少しもためらわず、
 あなたがたに知らせました。
 人々の前でも、家々でも、
 あなたがたを教え、
 ユダヤ人にもギリシヤ人にも、
 神に対する悔い改めと、
 私たちの主イエスに対する信仰とを
 はっきりと主張したのです。
 いま私は、心を縛られて、
 エルサレムに上る途中です。

 そこで私にどんなことが起こるのかわかりません。
 ただわかっているのは、
 聖霊がどの町でも私にはっきりとあかしされて、
 なわめと苦しみが
 私を待っていると言われることです。
 けれども、
 私が自分の走るべき行程を走り尽くし、
 主イエスから受けた、神の恵みの福音を
 あかしする任務を果たし終えることができるなら、
 私のいのちは少しも惜しいとは思いません」

パウロの説教は続きましたが、
パウロはエルサレムに上れば、
どこの町でも、
なわめと苦しみが待っていることは
わかっていました。
それでも彼は喜んで行きました。
主イエス・キリストから受けた
神の恵みの福音を証しせずにはおれなかったのです。
それが自分の使命であり任務だと
確信していたからです。

そのためには命も惜しいとは思っていませんでした。
主イエス・キリストに出会い、
主イエス・キリストと共に歩く人生は、
命も惜しくないと思えるほど、
喜びと命に満ちているのです。

本当に心から愛しているなら、
その愛する者のために苦しめるのは喜びです。
それほど大きな愛と恵みを
主イエスから受けていたのです。
だから、
その主イエスのために
喜んで命をかけることができのです。

あなたも私も、
パウロと同じように、
主イエスの愛と恵みを受け、
喜んで命をかけて歩める人生を、
生きることができるのです。


「聖書って、こんなにおもしろい」より
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【2019/10/24 15:00】 | 未分類
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