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5月8日、63歳の夫が脳梗塞で緊急入院、一度は命が危ないと言われ、左半分は麻痺となった。9月の退院と言われつつ、7月の末には、歩けるようになり、4階にある我が家へ自分の足で歩き退院し帰宅した夫。
私の所属していた福音派の教会00伝道所がいろんな事があり
単立の教会となりました。私はそこで月に一度自宅を開放して
「カルバリー集会」という家庭集会をやっていました。
いつもは夫は船に乗っているので集会の時は居た事がありません
でした。ある日、その月は夫のいる時になりました。
どうしょう!と思い祈りました。日付を変更しようかとも思いましたが
平安がありません。この日は月に一度第00曜日カルバリー集会と主に
捧げた日です。思い切って、覚悟して(叩かれるのを)言いました。
すると「なにー!なんで俺のいる時にするんだ。いない時にやれ!やって
みろ、ぶっこわしてやるからな!」とすごい剣幕です。しかし私には
不思議な平安がありました。主が共におられるという平安が・・・・
当日、いつものように人々を迎え賛美し聖書から話しました。
Ⅰコリント1:27~28「神は無に等しい者を選ばれた」という所です。
夫は襖越しの隣の部屋にいます。しかし何事もなく終わり、いつものように
皆さん喜んで帰っていかれました。集会が終わっても夫は何も言いませんで
した。それどころかいつもいかない夕食の買い物に一緒に行こうと言うのです。
私の方が驚いてしまいました。これらの同じ様な事を何度か経験するうちに
私は知りました。状況がどうであろうと、相手がどうであろうと、私自身が
「主に心を定めて従う」ならば主がまわりを変えていかれる事を・・・
相手が問題なのではなく、自分が心を定めるかどうかだという事を・・・
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【2012/09/19 00:00】 | 未分類
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