FC2ブログ
5月8日、63歳の夫が脳梗塞で緊急入院、一度は命が危ないと言われ、左半分は麻痺となった。9月の退院と言われつつ、7月の末には、歩けるようになり、4階にある我が家へ自分の足で歩き退院し帰宅した夫。
私の所属している教会が単立教会となり開拓伝道に入った。
八年いる中でいろんな学びがあり、訓練があった。
いろんな状況がゆるされたが主が導かれた所、主が「出れ」
と言われない限り出れなかった。
あらゆる問題、疑問すべて主に叫び泣きながら祈った。
主は具体的にみ言葉を通して教えて下さりそして言われた。
「私が主である。」と、私が思い煩う事ではない。主がおられる
のに主に委ねていない自分に気づかされ悔い改めた。
後で知ったのだが、その頃主の十字架クリスチャンセンター
は主に示されて熊本教会から、鹿児島へ来られ誰も来ていない
なかで集会をやり続けておられたそうです。
そしてある方との出会いがあり、その方を通して初めて集会に
参加した。今でも忘れることができません。ドアを開けたら
「主任牧師 イエス・キリスト」という文字が飛び込んできた。
それを見た途端、涙が溢れて止まりませんでした。
集会中泣いてた気がします。
主に導きを求めて祈り半年後にみ言葉と共に転会する事を語られました。
教会の牧師に話すと、最初は驚かれましたが、祝福して送り出して下さいました。
ここでの八年間のなかで主に祈って主に聞く、と言うことを教えて下さいました。
転会したけれど礼拝はどうすればいいかなと思っていたら、
ある日「霊の戦いをします。重荷のある人は断食をして来て下さい。」と
連絡があり当日九州管内の牧師の方々が来て下さり霊の戦い後、集会があり
「今日から鹿児島教会とします。」(1994・5・16)と言われた。
神様の深い愛にあとからあとから涙が流れ落ちた。
今までの住居は教会のすぐ後ろだったが、夫は一度も教会に来る事はなかった。
スポンサーサイト




【2012/09/20 10:38】 | 未分類
トラックバック(0) |
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿
URL:

Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック