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5月8日、63歳の夫が脳梗塞で緊急入院、一度は命が危ないと言われ、左半分は麻痺となった。9月の退院と言われつつ、7月の末には、歩けるようになり、4階にある我が家へ自分の足で歩き退院し帰宅した夫。
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だれでもわたしについて来たいと思うなら、
自分を捨て、自分の十字架を負い、
そしてわたしについて来なさい。
       マルコの福音書8章34節


この言葉は、イエスが
群衆を弟子たちといっしょに呼び寄せて、
言われた言葉です。

イエスは無理やり従って来い
とは言われませんでした。

また、うまい話で
弟子たちを招くことも
されませんでした。

イエスに従って行くなら、
弟子となるなら
「自分を捨てて、
 十字架を負って、
 ついて来なさい」
とはっきり語られました。

十字架は、私たちには
嬉しいことではありません。
誤解されたり、
孤独になったりする道を通ることです。

でもその時、
神の愛が深く染み込んできます。

キリストがいつも共にいて、
決して自分を捨てることも
離れることもないことを知ります。

誰もわかってくれなかったとしても、
自分で自分さえ
わからなくなったとしても、
イエス・キリストは、
自分のことを知って分かって
くださっていることがわかります。

十字架の道は弟子の道です。
そしてそれは、
主イエスの愛を
深く深く知り体験する道なのです。

イエスは続けてこう言われたのです。
「いのちを救おうと思う者はそれを失い、
 わたしと福音とのために
 いのちを失う者はそれを救うのです。
 人は、たとい全世界を得ても、
 いのちを損じたら、何の得がありましょう。
 自分のいのちを買い戻すために、
 人はいったい何を
 差し出すことができるでしょう。
 このような姦淫と罪の時代にあって、
 わたしとわたしのことばを
 恥じるような者なら、
 人の子も、父の栄光を帯びて
 聖なる御使いたちとともに来るときには、
 そのような人のことを恥じます。」

イエスの後についていきましょう。
十字架を選んで従っていきましょう。
それがいのちをえ、救われる道なのです。

イエス・キリストは、あなたを愛しておられます。


「聖書って、こんなにおもしろい」より
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【2020/05/13 12:30】 | 未分類
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