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5月8日、63歳の夫が脳梗塞で緊急入院、一度は命が危ないと言われ、左半分は麻痺となった。9月の退院と言われつつ、7月の末には、歩けるようになり、4階にある我が家へ自分の足で歩き退院し帰宅した夫。
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「これは、わたしの愛する子、わたしはこれを喜ぶ。」

           マタイの福音書3章17節



イエス・キリストは、
ヨハネからバプテスマを受けるために、
ガリラヤからヨルダンにお着きになり、
ヨハネのところに来られました。

しかしヨハネは、
罪のないお方、原罪もなく、
一度も罪を犯していないお方である
イエス・キリストに
バプテスマを授けることなど
考えられないので、言いました。

「わたしこそ、あなたから
 バプテスマを受けるはずですのに、
 あなたが、
 わたしのところにおいでになるのですか。」

考えてみてください。
バプテスマのヨハネが
授けていたバプテスマ=洗礼は、
悔い改めのバプテスマでした。

つまり「罪」を悔い改めて、
バプテスマを受けるのです。

しかしイエス・キリストには
原罪もなく、
一度も罪を犯したこともないのです。
悔い改めのバプテスマなど受ける必要がありません。

だから、ヨハネは
そうさせまいとして言ったのです。

しかし、イエス・キリストは言われました。

「今はそうさせてもらいたい。
 このようにして、
 すべての正しいことを実行するのは、
 わたしたちにふさわしいのです。」

イエス・キリストは、
神であられる方なのに、
私たちと全く同じ人となって、
この地上に来てくださいました。

私たち罪を犯した人間を、
罪から救い、サタンの支配から
再び神さまのご支配の中に入れて、
永遠の命、天国に預かるものとするために、
イエス・キリストは、
私たちと全く同じこの肉体を持つ人間と
なってくださったのです。

そして私たちが通るべき
すべての人生の道を通られたのです。
そのイエス・キリストが言われたのです。
「今はそうさせてもらいたい。」と。
そして「すべての正しいこと」と。

つまり、
バプテスマを受けることは
「正しいこと」なので、
罪のないイエス・キリストは
本来、受ける必要はないのですが、
私たち罪人である人間が、
通るべき道であるバプテスマを、
イエス・キリストは受けられたのです。

そして、
それから公生涯である神の働きに、
入っていかれました。

ですから私たち罪人である人間が、
罪を悔い改めて、
バプテスマを受けることは
「正しいこと」
必要なことなのです。

イエス・キリストに言われて、
ヨハネも承知しました。

こうして、イエス・キリストは、
バプテスマをヨハネから受けられました。

バプテスマを受けて、
すぐに水から上がられると、
天が開かれて、
神の御霊が鳩のように下って、
イエス・キリストの上に来たのです。

その時、天から
こう告げる声が聞こえてきました。

「これは、わたしの愛する子、
 わたしはこれを喜ぶ。」


イエス・キリストは、
神の子、神の愛された子です。

イエス・キリストを、神さまは喜ばれ、
イエス・キリストが
バプテスマを受けられたことを、
神さまは喜ばれました。

あなたも本当は神さまの大切な子です。

あなたが罪を悔い改めて、
イエス・キリストのように、
バプテスマを受けるなら、
あなたにも神さまは語ってくださいます。

「これは、わたしの愛する子、
 わたしはこれを喜ぶ」と。

イエス・キリストはあなたを愛しておられます。

「聖書って、こんなにおもしろい」より
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【2020/07/09 15:11】 | 未分類
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