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5月8日、63歳の夫が脳梗塞で緊急入院、一度は命が危ないと言われ、左半分は麻痺となった。9月の退院と言われつつ、7月の末には、歩けるようになり、4階にある我が家へ自分の足で歩き退院し帰宅した夫。
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心の貧しい者は幸いです。
天の御国はその人のものだからです。
      マタイの福音書5章3節



イエスの権威と力に満ちた言葉を聞き、
癒しの御業を見た人々は、
その愛にあふれたイエスの眼差しにひかれ、
多くの群衆がイエスに従いてきました。

イエスは、
この群衆を見て、イエスは山に登り、
おすわりになって話しだされました。

なぜ座って話したかというと、
当時、教師はラビと言いましたが、
正式に教えるときは座ったのです。
そして生徒が立って、
教師(ラビ)の話を聞いたからです。

つまり座って教える時というのは、
正式に教える時で、
とても大切な重要なことを
教えるときや話すときだったのです。

イエスが何か大切な話をすると
わかった弟子たちはみもとに来ました。

そこで、イエスは口を開き、
彼らに教えて、言われました。

「心の貧しい者は幸いです。
 天の御国はその人のものだからです。」


ここから始まるイエスの説教は
山上の垂訓、
あるいは山上の説教と言われています。

これは弟子たちへの、
そして群衆への大切な教えでした。


では、
心の貧しいものはなぜ、幸いなのでしょう。

貧しいというのは、
無一文で全く何もない、持っていない、
ということです。

普通は、
そういう状態の人は不幸な哀れな人です。

ただ、
ここは心の貧しい者と書いてあります。
自分は全く何もない、
無一物だと神の前で認める時、
人は初めて本気になって神を求め、
神により頼み神を信じるのです。

でも、どんなに物質的に貧しくても、
心が高ぶっていて、
神により頼まない人は幸いではありません。
心が貧しくないからです。


もしあなたが弱さを感じているなら、
自分の無力さに落胆しているなら、
もう自分に失望して、
生きていく気力さえ失っているなら、

神に向かって、
イエスに向かって叫んでみてください。
叫ぶ力さえないなら、
「イエスさま、助けてください」
とささやいてください。

イエス・キリストは
あなたのところに来られます。

そして、
あなたの心に
キリストは住んでくださり、
あなたとともに歩まれます。

イエス・キリストは、
決してあなたを捨てることも
見放すこともありません。

この主イエス・キリストにより頼み、
すべてをかけてみましょう。

必ずあなたは幸いな者、
本当に幸せな者となるでしょう。

イエス・キリストは、あなたを愛しておられます。

「聖書ってこんなにおもしろい」より
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【2020/07/21 12:30】 | 未分類
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