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5月8日、63歳の夫が脳梗塞で緊急入院、一度は命が危ないと言われ、左半分は麻痺となった。9月の退院と言われつつ、7月の末には、歩けるようになり、4階にある我が家へ自分の足で歩き退院し帰宅した夫。
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まことに、あなたがたに告げます。
天地が滅びうせない限り、
律法の中の一点一画でも決してすたれることはありません。
全部が成就されます。
  マタイの福音書5章17・18節



イエス・キリストは、
人が救われるのは、律法によってではなく、信仰によって救われると語られました。

律法は、とても大切です。律法がなければ、人は罪がわかりません。律法は必要なのです。

しかし、律法を完全に守ることは
人間にはできません。どんなに誠実な人でも、ある程度しか守れないでしょう。もし仮に、ほとんど守る人がいたとしても、やはり完全に守り通すことは無理なのです。

人は罪人だからです。

律法を守れない人間は、
本来、天国には行けないのです。



しかし、
神のひとり子であるイエス・キリストが、
人となって来てくださり、
人として律法の全てを、
完全に全うして生きてくださったのです。
そして、
私たちの罪の身代わりとなって、
十字架で
私たち人間の犯した全ての罪の代価を、
その命によって、支払って下さったのです。

律法は狭く言えば、
モーセの十戒ですが、
広く言えば聖書です。

聖書の原語は、
新訳聖書はギリシャ語で書かれていますが、
旧約はヘブル語で書かれています。
ヘブル語というのは、
一点一画が違うと、全く違うことばと意味になります。

「律法の中の一点一画でも
 決してすたれることはありません。
 全部が成就します。」

とイエスは言われました。
つまり神の言葉である聖書は、
一点一画として、
永遠に変わることはない真理の書であり、
神の言葉なのです。

だから、
この聖書の教えである戒めの
どんな小さいものの一つでも、
これを破ったり、
また、
破るように人に教えたりする者は、
天の御国で、
最も小さい者と呼ばれるのです。

しかし一方で、
この聖書の教えを守り、
また人に守るようにと教え導く者は、
天の御国で、
偉大な者と呼ばれるのです。

当時、律法学者やパリサイ人は、
最も律法を守ろうとする人たちでした。

でも、
「もしあなたがたの義が、
 その律法学者やパリサイ人の義に
 まさるものでないなら、
 天の御国には入れません。」
とイエスは言われました。

律法学者やパリサイ人にまさる義、
人が肉で義を行おとするなら、
つまり
律法を自分の力で完全に守ろうとするなら、
それは不可能です。

パリサイ人にまさることも難しいでしょう。
では、どうすればいいのでしょうか。

イエス・キリストは律法を全うし、
義において完全なる人でした。

このイエス・キリストを信じて、
自分の罪を悔い改める時に、
私たちは罪を赦され、
キリストの義をいただいて、
義において完全なる者、
つまり一度も罪を犯したことのない者
と見ていただけるのです。

そして天の御国に行くことができるのです。

イエス・キリストを信じる時、
あなたの義も、
私の義も完全なものとなり、
律法学者やパリサイ人にもまさる義となって、
必ず、天国に行くことができるのです。

イエス・キリストはあなたを愛しておられます。

「聖書って、こんなにおもしろい」より
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【2020/07/30 18:02】 | 未分類
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