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5月8日、63歳の夫が脳梗塞で緊急入院、一度は命が危ないと言われ、左半分は麻痺となった。9月の退院と言われつつ、7月の末には、歩けるようになり、4階にある我が家へ自分の足で歩き退院し帰宅した夫。
今、夫は毎週礼拝に来ています。
神の恵と助けによって、感謝です。

私は、始めての教会( 福音派 ) で、賛美歌にふれ
始めて聞く聖書の言にも意味がわからないのに
なぜか涙が溢れて止まりませんでした。
それが私の礼拝の出発点でした。

飢え渇いていたのだと思います。
問題の解決は聖書にあると求め続けました。
私には頼るものが何もなかったからです。
教会も罪人の集まりです。
色んな事があり時には「行きたくない。」と
思う事もありました。( クリスチャンになって間もない頃)

しかしそんな時、主は語られました。
「あなたは誰を礼拝するのですか?」と・・・
ハッ!としました。そうだ私は私を贖って下さった
主を礼拝するのだと,・・・

それから心を定めました。礼拝を守ると言う事に。
それと思いました。これから夫も子供達も救われてくる
そうすると「クリスチャンは礼拝するのは当然」という
事を知ってもらうには自分が実行するしかないと・・

憐れみ深い主は、子供達の運動会の時も夫が船から
降り帰って来た時も助け守って下さいました。
夫も子供達も淋しい思いをしたかも知れません
しかし、それが最善だと礼拝することがどんなに
素晴らしい事であるかということを知る時がくると
信じています。

数年前、まだ鹿児島にいる時礼拝から帰えると
家に鍵をかけてあり入れませんでした。
1 〜2回は後で開けてくれたのですが
3 回目は開けて貰えず市営住宅だったので
ドアの横の階段で寝ました。冬でしたがあまり
寒さは感じませんでした。
夫は寂しかったのだと思います。
私がもっともっと夫に関心を向けていれば
違ったかもしれません。
長崎に来てからも 2 ~ 3 回礼拝後に締め出され
教会に泊めてもらいました。
一回は夏だったので自分のアパートの屋上に
寝ました。とても不思議な平安がありました。
そんな夫が自分から進んで礼拝に来ています。
「ここに来ると心が安まる」と、主は不思議を
なさる方、人の心も変えていかれます。

私にとって礼拝は神様をもっとも近くに感じる
神様に触れられる時です。
ですから、第一礼拝は奉仕も何もかも横におきただただ
心から主を礼拝する事が出来る事を感謝しています。
主よ。今日は何を語って下さるのですか?
主よ。み言葉を下さい。と祈り求めて行く時
主は賛美の中でふれ、語り、メッセージを通してふれ
癒し、力を下さいます。

罪人の私を主を礼拝する者として下さった
主の愛に、十字架の愛に、十字架の恵に感謝します。
そして夫も礼拝する者として下さった事を感謝します。




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【2014/01/23 21:52】 | 未分類
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